メルクマニュアル家庭版
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遺伝子工学

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技術の急速な進歩により、出生前後での遺伝性疾患の検出法も改良が進んでいます。

現在力が注がれているのがヒトゲノムプロジェクトで、人間の染色体上に存在するすべての遺伝子を同定し、遺伝子地図をつくることを目的としています。基本的に、このプロジェクトでは、人間の全遺伝コードをマップ化します。この情報により、より的確な健康上のリスクの予測や、1人ひとりの患者に合った治療の計画が可能になると期待されています。しかし一方、特定の病気のリスクが高い人に対して医療保険の適用を除外するために用いられるなど、この情報が社会通念上不適切に用いられる可能性も心配されています。

特定の病気に関する研究を進めるために、個人の遺伝子の調査にも力が注がれています。調査に必要な数の遺伝子のコピーをつくり出す方法は数種類あります。研究室では、コピー元となる遺伝子を細菌内部のDNAに挿入します。細菌が分裂するたびに、挿入した遺伝子を含むDNA全体の正確なコピーがつくられます。細菌の増殖速度は非常に速いため、遺伝子のクローニングと呼ばれるこの方法で、元の遺伝子の数十億個ものコピーを非常に短時間でつくることができます。

DNAのコピーには、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR法)という手法も用いられます。特定の遺伝子のようなDNAのある断片を、研究室でコピー(複製)できます。1つのDNA分子を30回複製すれば(数時間しかかかりません)、およそ10億個のコピーをつくることができます。

ある染色体に含まれる特定の遺伝子の位置を知るためには、遺伝子プローブが用いられます。まず、クローニングまたはコピーした遺伝子に放射性同位元素を結合させます。この標識プローブはDNA上の鏡像部分を探し出して結合するため、これを高度な写真技術を用いて検出します。遺伝子プローブを使えば、数多くの病気を出生前後に診断できます。将来は、多くの主要な遺伝性疾患の検査に遺伝子プローブが用いられるでしょう。ただし、病気に関係する遺伝子をもつ人のだれもが、実際にその病気を発症するわけではありません。

サザンブロット法と呼ばれる手法も、DNAの同定に広く用いられています。調査対象となる人の細胞からDNAを抽出し、特定の配列部分に働く制限酵素を使って切断します。こうしてできたDNAの断片を電気泳動法と呼ばれる手法を用いてゲルで分離し、ろ紙上に置いて標識プローブと反応させます。プローブは自身の鏡像部分にしか結合しないので、プローブに対応するDNA断片を識別できます。

「クローン生物」はこうして生まれた

クローンとは遺伝子が同一な細胞または生物の集団で、1つの細胞あるいは個体からつくられます。クローニング(クローンの作製)は、農業の分野では何年も前から当たり前のように行われています。植物は、基になる植物の一部を切り取り、それを育てるだけで増殖(クローン化)することができます。こうしてできた新しい植物は、基になった植物の正確な遺伝子コピー(クローン)です。このような増殖は、条虫などの単純な動物でも可能です。条虫を2つに切ると、尻尾の方には新しい頭ができ、頭の方には新しい尻尾ができます。しかし、こうした単純な方法は、ヒツジや人間のような高等な動物には使えません。

有名なクローンヒツジ「ドリー」の実験では、1頭のヒツジから採取した細胞(ドナー細胞)を、別の1頭からの未受精卵(レシピエント細胞)と融合しました。この未受精卵は、もともと存在した遺伝物質を顕微鏡下での手術で取り除かれていたので、ドナー細胞の遺伝物質が未受精卵へと移って、(普通の精子による受精と同じように)遺伝子のセット1組がつくられました。その後、卵子は胚へと成長しはじめました。成長する胚は雌ヒツジ(代理母)に移植され、自然に成長を続けました。胚のうちの1つが生き残り、生まれた子ヒツジが「ドリー」と名づけられました。ドリーは予想通り、卵子を提供したヒツジではなく、ドナー細胞を採取したヒツジの正確な遺伝子コピーでした。

クローニングの研究は続けられていますが、人間(ヒト)のクローニングは今のところ試みられていません。それは、技術的な難しさだけでなく、倫理的問題や、国により人間のクローニングを違法とする法律があるためです。しかし、クローニングの目的は生物全体をつくり出すことだけではありません。理論的には、クローニングで1つの器官をつくることも可能です。将来は、自分の遺伝子を使って研究室でつくられた、「スペアパーツ」を移植する時代が来るかもしれません。

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