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肺塞栓症

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肺塞栓症は、血液のかたまり(血栓)などによって、肺動脈が突然ふさがる病気です。

肺動脈は、肺組織を正常な状態に維持するために酸素や栄養分を豊富に含んだ血液を運び、体の外へ排出される二酸化炭素を肺へ運ぶ働きをしています(肺と気道のしくみと働き: 酸素と二酸化炭素の交換を参照)。このため、肺の太い動脈が十分な量の血液を供給できないほどふさがってしまうと、徐々に肺組織は死んでしまいます。

肺塞栓症の患者の約10%は、肺梗塞と呼ばれる肺組織の壊死を起こします。小さな血液のかたまりは短時間で分解されるため、損傷は最小限にとどまります。大きな血液のかたまりは分解されるのにより長い時間を必要とするため、大きな損傷を起こします。大きな血液のかたまりが広範囲の肺動脈をふさぎ、生命を維持するのに十分な酸素が供給できず、また心臓に過剰な負担がかかることによって、突然死に至ることもあります。

入院患者での肺塞栓症の発症率は約1%です。病理解剖を行い、死亡原因が肺塞栓症と判明する確率は約5%です。

原因

塞栓が最もよく起こるのは、長時間同じ姿勢のままでいて、脚の静脈(静脈の疾患: 深部静脈血栓症を参照)の流れが遅くなったり停滞したときに脚や骨盤の静脈内で形成された血液のかたまりが、肺に運ばれた場合です。長期間寝たきりの人や、飛行機に乗っているなど長時間動かずに座っている人は特に危険性が高くなります。安静にしていた人が再び動きはじめると、固まった血液は血管壁からはがれます。まれに、腕や心臓の右心房に至る静脈内に血液のかたまりが生じることもあります。血液のかたまりがいったん血流に入ると、普通は肺まで運ばれます。

塞栓は、骨折したときに骨髄から血液中に入った脂肪によっても起こります。また、出産時に羊水が骨盤の静脈内へ入り、塞栓を形成することもあります。しかし、これらはいずれも非常にまれです。もしこうした塞栓が起こっても、肺の細動脈や毛細血管などの小血管内にとどまることが多いため、血栓ほどの損傷は生じません。しかし、広範囲の小血管が詰まると、急性呼吸促迫症候群(急性呼吸促迫症候群を参照)や肺高血圧症(肺高血圧症を参照)を起こします。これらの病気では呼吸不全、心不全、ショックを引き起こすことがあります。

癌(がん)組織の一部がはがれて血流に入り、塞栓を形成することもあります。これが広範囲に起こった場合、癌が肺全体に広がるため、肺高血圧症を起こします。

空気の泡は、薬剤や輸液などを静脈注射する際、大量の空気が入った後で塞栓を形成し、肺塞栓症を起こします。気泡は、凝固した血液を取り除くなどの静脈の手術や、胸部圧迫による蘇生を行っているときにも塞栓を形成することがあります。そのほか、スキューバダイビングの際にも、潜る深さや水面へ浮き上がる速さによって、空気塞栓症(潜水や圧縮空気による障害: 肺の気圧外傷を参照)を発症する危険性があります。

血栓ができやすい条件

静脈内に血栓ができる原因ははっきりわかっていませんが、血栓ができやすい条件は明らかです。条件は下記の通りです。

  • 加齢
  • 血液凝固性疾患(血栓ができやすくなるので、凝固能亢進性状態と呼ばれる)
  • 心臓発作
  • 心不全
  • 不整脈(心房細動)
  • 外科的な大手術
  • 肥満
  • 麻痺
  • 骨盤、股関節、脚の骨折
  • 過去の血栓の形成歴
  • 長期間の安静や動かない状態(車や飛行機による長時間の移動中に座ったままでいるなど)
  • 脳卒中
  • 特に35歳以上の喫煙者による経口避妊薬の使用

症状

症状は、肺動脈がふさがった範囲と患者の全身状態によりさまざまです。たとえば、慢性閉塞性肺疾患や冠動脈疾患などの別の病気があると、症状が重くなります。

狭い範囲の塞栓は何も症状を起こしませんが、ほとんどの塞栓では、突然起こる息切れがみられます。肺梗塞を起こさない場合、症状は息切れだけということもあります。呼吸は非常に速くなり、不安で落ち着かず、不安発作(パニック障害)を起こしているようにみえます。広範囲の塞栓は、鋭い胸の痛みを起こし、特に息を吸う際にひどくなります。この痛みは胸膜炎性胸痛と呼ばれています。

めまい、失神、けいれんが肺塞栓症の初期症状ということもあります。これらの症状は、酸素を豊富に含んだ血液を脳やその他の器官へ送る心臓の機能が突然低下するために起こります。不整脈がみられることもあります。太い肺動脈が1つ以上ふさがると、指先や唇などの皮膚が青っぽい色に変化し(チアノーゼ)、突然死することがあります。

普通、肺塞栓症の症状は急激に生じますが、肺梗塞は数時間かけて発症します。肺梗塞では、血液の混ざったたんを伴うせき、息を吸うときの鋭い胸の痛み、場合によっては発熱がみられます。これらの症状は数日間続きますが、日ごとに軽快します。

狭い範囲の肺塞栓症が繰り返し起こると、慢性的な息切れ、足首や脚のむくみ、脱力感などの症状が、数週間、数カ月または数年かけて徐々に悪化することがあります。

診断

医師は、患者の症状と、最近の手術歴や長期間の寝たきり状態などの要因に基づいて肺塞栓症を疑います。広範囲の肺塞栓症の診断は比較的容易です。特に、脚の静脈内に血液のかたまりがあるなどの明らかな必須条件がある場合は簡単です。診断を確定するにはいくつかの検査が必要です。しかし、検査を行っても、多くの塞栓は把握できず、診断を確定するのは非常に困難です。

胸部X線検査で、塞栓後の血管影の微小な変化や、肺梗塞の徴候が明らかになることがあります。しかし、検査結果は正常であることが多く、異常であっても診断が確定できることはまれです。

心電図に異常が認められることがありますが、こうした異常は一過性のことが多く、肺塞栓症の可能性を示唆するだけです。

肺血流スキャンは、肺塞栓症を診断する最も優れた検査法の1つです。静脈内に注射された少量の放射性物質が肺に運ばれ、肺で血液が流れる様子を映し出します。血液の供給(灌流)が正常に行われていない領域には放射性物質が届かず、暗く映ります。スキャンの結果が正常であれば、重い血管の閉塞がないことを示します。スキャンの結果に異常があれば肺塞栓症の可能性がありますが、閉塞性肺疾患(たとえば、肺気腫で損傷を受けた肺組織への血流が減少する)など、他の病気の影響で異常がみられることもあります。

肺血流スキャンは普通、肺換気スキャンと組み合わせて行います。肺換気スキャンは、ごくわずかな放射性物質を含んだ体に無害なガスを吸入し、ガスが肺胞に広がっていく様子を映し出します。二酸化炭素が放出されて酸素が取りこまれる領域の画像がスキャン上に示されます。このスキャンの結果を肺血流スキャンで示された血流パターンと比較し、換気と血流に違いがあるかどうかによって肺塞栓症かどうかを診断できます。

写真

灌流スキャン:肺塞栓

灌流スキャン:肺塞栓

肺動脈血管造影法(肺と気道の病気の症状と診断: 胸部の画像診断を参照)は、肺塞栓症を診断する決定的な検査法ですが、多少の危険があり、他の検査と比べて不快感があります。主に、他の検査法では肺塞栓症と診断できなかった場合に行われます。X線画像上で観察できる造影剤を肺動脈に注入します。肺塞栓症は動脈内の一部が欠けた陰影となって現れます。CT検査の1つ、CT血管造影法も正確な検査法です。CT血管造影法は、肺動脈血管造影法の設備がなかったり、何らかの理由で実施できない場合に行います。

写真

動脈造影:肺塞栓

動脈造影:肺塞栓

静脈内の血液のかたまりを確認するために脚の超音波検査などを行い、塞栓が最初にできた場所を見つけます。Dダイマー(フィブリン分解産物の1つ)検査などの血液検査は、診断をより確実なものとするために行います。検査結果が正常だった場合には、肺塞栓症を病気の候補から除外できます。

予防

肺塞栓症は命にかかわる病気で、治療法も限られていることから、肺塞栓症になるリスクの高い人では、血液のかたまりができないよう予防策を試みます。普通、血液のかたまりやすい人は活動的になる努力をし、できるだけ動き回るようにすべきです。たとえば、長時間にわたって飛行機で旅行をするときには、2時間ごとに立って歩き回るようにします。

手術後、特に高齢の患者は、弾性ストッキングをはいたり、脚の運動をしたり、できるだけ早くベッドから起き上がり歩くことなどの方法で、血液のかたまりが生じる危険性を減らすことができます。脚を動かすことができない場合は、周期的な加圧装置を用いて脚や太ももの内部の血液を動かすようにします。しかし、股関節や膝(ひざ)の手術を受けた患者では、血液凝固を予防するのにこうした装置だけでは不十分です。

抗凝固薬が投与されます。ヘパリン(薬剤と血液凝固の複雑な関係を参照)は、最も広く使用される抗凝固薬で、特に下肢への大規模な手術の後、ふくらはぎの静脈内に血液のかたまりができるのを予防します。肺塞栓症になるリスクが高い入院患者(心不全、急性心筋梗塞、慢性肺疾患、肥満、脳卒中などの神経疾患、以前に血液凝固が見つかった患者など)は、手術を受けていなくてもヘパリンの少量投与で効果があります。少量のヘパリンを手術直前と、患者が起き上がり、再び歩き回るようになるまで皮下注射します。ヘパリンは少量であれば、重大な出血性の合併症を起こすことはまずありませんが、傷口から血液がにじみ出る程度の軽い出血が増加します。少量のヘパリンは、脊髄(せきずい)や脳への手術の際にも投与されます。

低分子ヘパリンという異なるヘパリンは、従来のヘパリンと同じかそれ以上に血液の凝固を防ぐのに効果があります。低分子ヘパリンは皮下注射し、血液の凝固が進む危険性がなくなるまで投与を続けます。

ワルファリンは経口用の抗凝固薬で、股関節を人工関節に置き換える手術など、特に血液のかたまりが生じやすい手術を受ける患者に投与されます。ワルファリンによる治療は、数週間から数カ月にわたって続けることが必要です。低分子ヘパリンもこうした患者に効果があります。

治療

肺塞栓症の治療はまず酸素吸入療法から始まり、必要に応じて鎮痛薬で痛みを和らげます。ヘパリンなどの抗凝固薬を用いて、すでにある血液のかたまりが大きくなるのを防ぎ、また新たなかたまりが生じるのを防ぎます。ヘパリンは早めに効果が出るよう静脈注射し、慎重に投与量を調節します。治療開始から24時間以内に、最大の効果が得られるようにします。さもないと、さらに肺塞栓症を起こしたり、脚や骨盤の静脈内に血液のかたまりが新たに生じたり、すでにあるかたまりが大きくなるなどのリスクが高まります。低分子ヘパリンは、従来のヘパリンと同様の効果がありますが、従来必要だった血液検査による管理は必要ありません。ワルファリンも血液凝固を予防する働きがありますが、効果が出はじめるまで時間がかかるため、ヘパリンの次に投与します。ワルファリンは内服薬なので長期間の使用が可能です。ヘパリンとワルファリンは、血液検査でワルファリンの血液凝固を予防する効果が確認されるまでの5〜7日間にわたって併用されます。その後、ヘパリン投与を中止します。

抗凝固薬の服用期間は患者の症状によって異なります。手術など一時的な要因で肺塞栓症が生じた場合、治療期間は2〜3カ月間です。長期間の入院など、より長期的な問題によって肺塞栓症が発症した場合、治療期間は普通は3〜6カ月間ですが、生涯にわたって続けなければならないこともあります。たとえば、遺伝的に血液が凝固しやすく、肺塞栓症を起こしやすい患者は、抗凝固薬を生涯にわたって投与します。ワルファリンを服用している間は、服用量を調節する必要があるかどうかを確認するため、定期的に血液検査を受けなければなりません。特定の食べものや他の薬剤によって、ワルファリンの抗凝固作用が影響を受けることがあります。これによって抗凝固作用が増強されると、全身の臓器に重度の出血が起こります。

血栓溶解療法は、命にかかわる重い肺塞栓症の患者に行われます。ストレプトキナーゼ、組織プラスミノーゲン活性化因子(TPA)などの血栓溶解薬は、凝固した血液を分解し、溶かします。しかし、これらの薬剤は、最近2週間以内に手術を受けたり、妊娠していたり、脳卒中を最近起こしていたり、出血しやすいといった人には使えません。重い肺塞栓症の患者では手術が必要になることもあります。この手術で、肺動脈から塞栓を除去すれば助かります。持続する息切れや肺高血圧症を起こすような長期間にわたる肺動脈の凝固物を取り除く際にも手術をします。

脚や骨盤から右心房へ流れる腹部大静脈内にフィルターを入れる手術(アンブレラフィルターによる肺塞栓症の予防を参照)もあります。フィルターは、抗凝固薬による治療を行っても塞栓が再発したり、抗凝固薬が使用できない、または使用すると重度の出血を起こす場合に使用します。一般的に、血液の凝固は脚や骨盤内で起こるため、フィルターを使うと、こうした血液のかたまりが肺動脈へ運ばれるのを防ぐことができます。

脂肪や羊水によって生じる塞栓では、酸素吸入療法や人工呼吸器が必要になることがあります。さらに、羊水から生じた塞栓では、それが刺激となって血液のかたまりの形成が進むので、血液が固まる過程のカギとなるステップ(たとえば、血流中のフィブリン沈着物の蓄積)を阻害するクリオプレシピテートなどの薬が必要になることもあります。

経過の見通し

治療を受けていない肺塞栓症の患者の約半数は、いずれ別の塞栓症を起こします。再発を起こすと、その半数が死亡します。抗凝固薬による治療で、再発率を約20人に1人にまで減らすことができ、肺塞栓症による死亡率を約5人に1人まで減らすことができます。死亡するかどうかは、塞栓の大きさ、ふさがっている肺動脈の太さや数、患者の全身状態によって異なります。心臓や肺に重い障害がある人は、肺塞栓症で死亡する可能性が高くなります。心臓や肺の機能が正常であれば、塞栓が肺の血管の半分以上をふさがない限り、死亡することはありません。肺塞栓症で死亡する場合、普通は急激に発症し、1〜2時間以内に死亡します。

空気塞栓症で死亡することはありますが、心臓や肺動脈に運ばれた空気の量が多い場合に限ります。大量の空気によって、肺の血流の大部分がふさがるためだけではなく、心臓が効果的に血液を送り出せなくなるためです。

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