メルクマニュアル家庭版
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昏迷と昏睡

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昏迷とは、繰り返し強く呼びかけると一瞬だけ反応がある意識障害で、一方昏睡は、どんなに強い呼びかけを繰り返しても反応できない意識障害を指します。

正常な脳は、必要に応じて活動と意識のレベルを素速く調整しています。脳は眼、耳、皮膚その他の感覚器官から受け取る情報を基に調整を実行します。たとえば、脳は代謝活動を抑えることで、眠気を誘います。意識や覚醒レベルを調整しているのは、神経細胞と神経線維のシステムである網様体賦活系で、脳幹の奥まった場所にあります(神経系のしくみと働き: 脳を参照)。

脳の活動と意識レベルを調整する機能が損なわれることがあります。原因には、脳と感覚器をつないでいる神経線維の機能不全、脳の血流減少、有害物質による脳損傷などがあります。

意識障害は、短い場合もあれば長びく場合もあります。障害の程度は、覚醒レベルの低下から意識混濁、昏迷、昏睡まであります。昏迷は異常に長く深い睡眠に似た状態で、たとえば繰り返し体を揺する、大声で呼びかける、体をつねる、安全ピンで突っつくなどの強い刺激を与えると、ほんの一瞬だけ目を覚まします。昏睡状態では、刺激にもまったく反応せず、目を覚ますことができません。深い昏睡状態に陥っている人は、反射は存在していますが、痛みを避けようとするなどの最も基本的な反応すらも失われています。

原因

昏迷や昏睡はいろいろな異常が原因で起こります。たとえば頭部外傷は、意識レベルを調節している脳幹に直接損傷を与えたり、脳の中や周囲に出血を起こします。血液は脳幹を直接損傷したり、あるいは脳内にたまった血液(血腫)が脳幹を圧迫して間接的に障害を与えます。脳腫瘍や膿瘍も、脳幹を圧迫する原因となります。

アルコール中毒や、鎮静薬(睡眠補助薬:安易に服用しないことを参照)やオピオイド(主なオピオイド鎮痛薬を参照)などの薬の過剰摂取もよくある昏迷や昏睡の原因です。ある種の抗精神病薬は、悪性症候群と呼ばれる意識障害を起こすことがあります。血液中に含まれる糖や、ナトリウムなどの電解質が異常に増えたり、減ったりすると、脳の機能が障害されて意識消失が起こります。脳炎や髄膜炎などの脳の感染症や、脳以外の部分でも重症の感染症は、昏睡の原因となります。高齢者に起こる昏迷の原因として多いのが、薬の中毒反応、ナトリウム濃度の上昇による脱水、感染症です。

昏迷や昏睡のその他の原因には、心臓の拍動が突然止まる心停止、動脈瘤、重症の肺疾患、一酸化炭素の吸引、脳卒中、てんかん発作、甲状腺機能低下、肝不全や腎不全、低体温や高体温があります。

昏迷と昏睡の原因

原因

備考

頭部外傷 脳しんとう、切り傷、打撲などの頭部外傷によって、脳組織への直接の損傷や、脳の内部や周囲の出血が生じる。血液が直接脳組織を損傷したり、血液がたまってできた血腫が脳を圧迫する。その結果すぐに、あるいは徐々に昏睡に陥る。外傷の程度によって、短時間で昏睡から覚めることもあれば、昏睡が続いたまま死に至ることもある
心停止(心臓の拍動が急に停止する) 心停止が起こると血液が脳まで到達できず、酸素が供給されないために脳組織が壊死する。完全酸欠状態がほんの数分続いただけでも、脳は回復不能なダメージを受ける。その結果すぐに昏睡に陥り、心臓が停止していた時間の長さと脳がダメージを受けた範囲に応じて回復不能な状態に至る
脳腫瘍または膿瘍 大きな腫瘤が、脳を頭蓋骨内の比較的硬い構造物に押しつけて圧迫し、機能障害を引き起こす。意識レベルを調節している脳幹の一部が損傷されると、昏睡に陥る
動脈瘤(動脈壁のもろくなった部分がふくらんだもの) 脳の近くにある動脈瘤が出血し、血液が脳組織を損傷したり、頭蓋内圧を急速に増大させて脳への血流を減少させ、昏睡をもたらす
感染症 脳炎や髄膜炎などの脳の感染症や、敗血症などの高熱を生じる感染症は、脳機能を障害して昏睡をもたらす
重症の肺疾患 喘息、慢性閉塞性肺疾患、肺浮腫、肺塞栓症によって呼吸が停止すると、脳が酸素不足になって昏睡に陥る
一酸化炭素の大量吸引 一酸化炭素が赤血球のヘモグロビンに結合して、酸素の運搬を妨げる。重症の一酸化炭素中毒では、酸素欠乏が起こり、昏睡や脳に回復不能なダメージをもたらす
脳卒中による脳幹損傷 脳幹部分への血流が阻害されると、突然意識を失って昏睡に陥る。もし脳幹全体への血流が閉塞されると、死に至る
てんかん発作 てんかん発作が繰り返し起こり、途中で意識が戻らない場合は、昏睡に陥る。このような昏睡は、生命の危険がある
薬物中毒 モルヒネを含むオピオイドやバルビツール酸などの多くの薬が昏睡を引き起こす。ジアゼパムなどの鎮静薬を過剰に服用すると昏睡に陥るが、このタイプの昏睡は早期治療により完全に回復する。違法薬物の使用はせん妄、てんかん発作、昏睡をもたらす
アルコール中毒 特に、血液中のアルコール濃度が0.2%を超えるアルコール中毒では、昏迷や昏睡が起こる
甲状腺機能低下 甲状腺機能低下を治療せずに放置すると、精神錯乱を起こして昏迷や昏睡に陥る
肝性脳症または肝不全 肝性脳症や肝不全では、血液中に有毒な老廃物が蓄積して、昏睡に陥る。慢性肝不全による昏睡は通常回復するが、急性で重症の肝不全による昏睡では、脳に水分がたまる脳浮腫が起こり、多くが死に至る
腎不全 腎不全にもかかわらず透析が行われていないと、血液中に有毒な老廃物が蓄積して、昏睡を招く
低血糖または高血糖 異常な低血糖は、昏睡の原因になる。ただちにブドウ糖の静脈注射で治療すれば、脳の永久的な損傷を防ぐことができる。異常な高血糖では血液がシロップ状になり、脳の水分が引き出されて、昏迷や昏睡に至る
低ナトリウム血症または高ナトリウム血症 水分過剰による血液中のナトリウム濃度の低下(低ナトリウム血症)や、脱水によるナトリウム濃度の上昇(高ナトリウム血症)では、脳の代謝活動が妨げられ、てんかん発作や昏睡が起こる
低体温または高体温 体温が31.1℃以下になると脳の働きが鈍り、昏迷や昏睡に至る。逆に、熱射病で体温が42.2℃以上になると、脳がダメージを受けて昏睡に陥る

診断

昏迷や昏睡に陥っているらしい人がいれば、どちらの場合も命にかかわる病気によるおそれがあるので、ただちに病院へ運びます。昏迷や昏睡のリスクがある病気の患者は、病名や治療内容などの医療情報を記したものを持ち歩くか、ブレスレットやネックレスにして身につけておきましょう。万が一、本人が意識を失っていても、医療スタッフが原因を識別することができます。

昏迷や昏睡状態の患者は、意思の疎通ができないため、家族や友人は、その人が使用していた薬、アルコールや中毒物質の摂取などについて、正直に医師に伝えることが必要です。もしも薬物や中毒物質を摂取した場合は、その物質のサンプルか、または容器を医師に見せるべきです。

救急救命士や医師が昏迷や昏睡状態の人を調べるときには、まず最初に気道が開いているか、呼吸が規則正しいか、血圧と脈拍が正常かをチェックします。体温が異常に高い場合は感染症が考えられ、逆に異常に低い場合は長時間体が冷やされていたか、甲状腺機能低下、アルコール中毒の可能性が考えられます。高齢者の低体温は、感染症も考えられます。さらに、外傷の徴候がないか、薬物注射の跡がないか、アレルギー反応がないか、皮膚を調べ、切り傷や打撲がないか頭皮も調べます。医師は昏迷や昏睡の患者に対して、神経学的検査も徹底的に行います。

医師は脳の損傷か脳機能障害の徴候を探します。脳損傷を示す徴候の1つであるチェーン‐ストークス呼吸は、速い呼吸が次第に遅くなって数秒間無呼吸になるという、異常なパターンを示します。異常な姿勢も、脳の損傷を示す重要な徴候です。この異常姿勢には、手足が伸びて、頭が後ろに反り返る除脳硬直や、腕が曲がる除皮質硬直があります。全身がぐにゃぐにゃになる場合は深刻で、中枢神経系のあらゆる部分で機能が広範囲に失われていることを示しています。この中には、脳幹および、大脳と脊髄(せきずい)をつなぐ神経線維も含まれます。

眼も重要な手がかりになります。瞳孔の位置と大きさ、光への反応、動くものを追う能力(昏睡でない患者にはみられます)、網膜の状態などがチェックされます。瞳孔が開いていて、明るい光に反応しない場合は、眼球運動をコントロールしている第3脳神経か脳幹の圧迫が示唆されます。医師は、患者の瞳孔が正常なときと大きさに違いがないか、瞳孔の大きさに影響する緑内障の治療薬を飲んでいないかどうかを確認します。

検査結果は、昏迷または昏睡の原因に対するより多くの手がかりを与えます。血液中の糖、ナトリウム、アルコール、酸素、二酸化炭素などの濃度が測定されます。赤血球数と白血球数が調べられ、尿中の糖や有害な物質が調べられます。

出血、腫瘍、膿瘍などによる脳の構造的な損傷を除外するために、頭部のCT検査やMRI検査が追加されます。もしも髄膜炎の可能性が考えられる場合は、脊椎穿刺による脳脊髄液の採取が行われます(脊椎穿刺の実施方法を参照)。昏睡は脳腫瘍や出血によっても起こるため、脊椎穿刺の前に、緊急のCT検査やMRI検査が行われることが多く、これによって、腫瘍や出血が頭蓋内圧を上昇させて、脳を下方へ圧迫していないかどうかがわかります。圧があまりに高くなると、脳の各部分を仕切っている比較的硬い組織の壁にある小さな穴から脳が押し出されます。この障害は脳ヘルニア(ヘルニア:脳の圧迫を参照)と呼ばれていて、生命に危険があります。脊椎穿刺によって脳の下側の圧が減ると、脳ヘルニアを引き起こしたり、悪化させるおそれがあります。

治療

意識レベルの急速な低下は緊急事態なので、たとえ診断が確定していなくても即座に治療を開始しなければなりません。

患者を病院の集中治療室(ICU)に移し、心拍数、血圧、体温、血中酸素濃度をモニタリングします。すぐに酸素が投与され、薬を急速に体内に入れるために静脈ラインを設置します。出血している場合は止血処置を行い、失血量が多い場合は輸血を行います。抗不整脈薬(不整脈の主な治療薬を参照)は、心拍数を正常に保つために投与されます。血圧が下がり続ける場合は、血圧を正常に戻すために、輸液と血管を収縮させる薬が使われます。

通常は血糖値を測るために採血した後、しかし測定結果が出る前に静脈からブドウ糖を投与します。昏睡の原因が低血糖である場合は、このブドウ糖の投与によってたちまち意識は回復します。このとき、ブドウ糖と一緒に、必ずチアミンが投与されます。これは、アルコール依存などで栄養不足の患者にブドウ糖だけを与えると、ウェルニッケ脳症と呼ばれる脳障害を引き起こしたり、悪化させるためです。

オピオイド(麻薬)の使用が疑われる場合は、血液と尿の検査結果が出るまでの間に、解毒薬のナロキソンが与えられます。有毒物質の摂取が疑われるときは、胃の内容物を確認し、毒物がそれ以上吸収されるの防ぐために胃洗浄を行います。

最も深い段階の昏睡の場合、脳は呼吸の維持を含む重要な機能を果たせないため、人工呼吸器が必要になります。

経過の見通し

数時間以上続く深い昏睡から回復する可能性は、その原因次第です。鎮静薬の過剰使用が原因のときには、回復の見込みがかなりあります。低血糖による昏睡も、脳の糖欠乏状態が1時間を超えていなければ、完全回復が可能です。原因が頭部外傷のときには、昏睡が数週間続いても(ただし3カ月を超えないこと)、かなり回復する可能性があります。原因が心停止や酸素欠乏の場合、1週間たっても呼びかけに応じて手足を動かすことができなければ、完全な回復はまず望めません。

深い昏睡状態が数週間以上続く場合は、人工呼吸器、経管栄養、投薬を続けるべきかどうか、決断しなければなりません。家族は、医師とよく話し合うべきです。もし昏睡している人が、前もって自分の延命治療に関しての希望を書いた事前指示書(法的問題と倫理的問題: 事前指示書を参照)(リビングウィルや医療判断代理委任状)を作成している場合には、それを尊重して検討がなされるべきです。

ときには、頭部外傷、酸素欠乏、重症疾患による深刻な脳損傷の後で、結果的に植物状態になるケースがあります。植物状態は、思考と行動をコントロールしている大脳が破壊されて、睡眠サイクル、体温、呼吸、心拍をコントロールしている視床と脳幹の機能が残ったときに起こります。植物状態の人は、眼を開けることがよくあります。睡眠覚醒のパターンは比較的正常で、呼吸と嚥下も自然に行われ、大きい雑音にビクッと反応することさえあります。しかし、意識的な思考と行動の能力がすべて失われており、周囲の環境に対する反応は反射だけです。植物状態の人には、四肢のこわばりや引きつりなどの顕著な異常反射が起こります。数カ月以上植物状態が続く場合は、意識の回復はまず見込めませんが、高度な専門看護が行われれば、何年も生き続けることができます。

閉じこめ状態とは、意識があり考えることもできるのに、重度の麻痺(まひ)により、まぶたを開けたり閉じたりして質問に反応する以外に周囲とコミュニケーションが取れないという、きわめてまれな病気です。閉じこめ状態は、末梢神経に重度の麻痺が起きたり、脳卒中によって大脳ではなく脳幹が障害されたために起こることがあります。

脳死は、意識消失の最も重度の状態です。この状態では、呼吸の維持を含む、生命維持に必要なすべての機能を、脳が永久的に失っています。多くの国で広く受け入れられている脳死の法的定義では、たとえ心臓が動いていても、すべての脳機能の停止をもって死亡とみなされます。脳死の確立した判定基準には、痛みの刺激に対して動いたり顔をしかめたりなどの反応がまったくない、眼が光に反応しない、自発呼吸をしないなどがあります。これらの基準に合致すると、脳死が宣告されます。

しかしながら、医師は脳の機能を低下させる可能性のある、あらゆる病気に対して治療を尽くすまで、脳死を宣告することができません。この可能性には、低体温、血液中のナトリウムなどの電解質濃度の重度の異常、鎮静薬の過剰服用、ある種の毒物の摂取などがあります。

ありとあらゆる治療が尽くされた上で、初めて脳死を確定するための判定が行われます。脳死状態の場合、脳の電気的活動を記録する脳波(脳、脊髄、神経の病気の診断: 脳波検査を参照)には、何の波形も現れません。また、血管造影、シングルフォトン・エミッションCT(SPECT)検査(放射性核種と呼ばれる放射性分子を使用して血流の画像を作成する方法)、ドップラー超音波検査などでは、血液が脳に流れていないことが見えます。これらの検査によって、交通事故などによる絶望的な頭部外傷後の脳死も、すみやかに宣告されます。

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