メルクマニュアル家庭版
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精神遅滞

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精神遅滞とは、出生時や乳児期初期から明らかに知能の働きが標準に達せず、正常な日常生活を送るのに支障がある状態をいいます。

精神遅滞は肺炎やレンサ球菌咽頭炎のような特定の病気ではなく、精神疾患でもありません。精神遅滞の人は知能の働きが明らかに標準を下回っていて、日常生活のさまざまな活動のうち2つ以上に関して、対処する能力(適応能力)が限られています。日常生活の活動とは、(1)人とコミュニケーションすること、(2)自宅で生活すること、(3)意思決定を含め身のまわりのことを自分ですること、(4)余暇活動、社会活動、学校活動、作業活動などへの参加、(5)健康と安全に注意すること、などです。

精神遅滞による障害の程度にはかなりの幅があります。それぞれの人の個性を認めると同時に、機能レベルを分類することには利点があります。知能の働きのレベルは知能指数(IQ)検査の結果や、どの程度の支援を必要とするかに基づいて分類します。支援(介助)には、必要に応じて行う支援、デイケアセンターなどで行う支援、毎日持続的に行う支援、専門家によるフルタイムの支援があります。

IQ検査のスコアだけに基づくと、精神遅滞がある人は全人口の約3%です。しかし支援の必要レベルで分類すると、明らかな精神遅滞がある人はわずか1%程度です。

精神遅滞のレベル

レベル

知能指数(IQ)の範囲

就学前の能力(出生時〜5歳)

学齢期の能力(6〜20歳)

成人期の能力(21歳以上)

軽度 52〜68 社会的能力とコミュニケーション能力の発達が可能。協調運動能力がわずかに損なわれている。さらに成長するまで診断がつかない例が多い 10代後半までには小学校6年程度の内容までは習得できる。適切な社会的能力の発達が見込める 自立できるだけの社会的能力、職業能力を習得できるが、社会的または経済的に過度なストレスを伴う状況では指導や支援が必要になる
中等度 36〜51 話すこととコミュニケーションの取り方を学べる。社会意識に乏しい。協調運動能力は悪くはない。自立のための訓練で効果が得られる ある程度の社会的能力、職業能力を習得できる。学業面では小学校程度まで習得できる。慣れ親しんだ場所であれば1人で行ける 熟練を要しないか、それほど技術を必要としない仕事を保護された環境で行えるようであれば、自立できる。社会的または経済的に軽度のストレスがかかる状態では監督と指導が必要になる
重度 20〜35 数語程度であれば話せるようになる。自立のためのスキルを多少習得できる。話す能力は限られており、協調運動能力に乏しい 話すこととコミュニケーションの仕方を学べる。健康に良い単純な習慣を身につけられる。生活習慣を訓練すれば効果が得られる 完全に監督された環境下では自分のことを多少はできる。管理された状況下であれば自分を守るために必要な能力を多少身につけられる
非常に重篤 19以下 かなり遅滞があり、協調運動能力はほとんどない。介護を要する場合もある 協調運動能力が多少はある。コミュニケーション能力は低い 自分のことを自分でする能力をわずかに習得できる可能性はある。普通は介護を要する

原因

精神遅滞はさまざまな医学的要因と環境要因によって起こります。遺伝的なものもあります。受胎前や受胎時に起こるものもあり、妊娠中や出産時、出生後に起こるものもあります。最も一般的な要因は脳の成長と発達が何らかの原因によって障害されることです。しかし精神遅滞の原因が特定できるのは、軽度の発達遅滞の人の約3分の1、中等度から重度の人の約3分の2程度です。

精神遅滞の原因

  • 受胎前または受胎時
    • 遺伝性疾患(フェニルケトン尿症、甲状腺機能低下症、脆弱X症候群など)
    • 染色体異常(ダウン症候群など)
  • 妊娠中
    • 母体の栄養状態が非常に悪い
    • ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、サイトメガロウイルス、単純ヘルペスウイルスによる感染症。トキソプラズマ症、百日ぜき
    • 毒物(アルコール、鉛、メチル水銀)
    • 薬物(フェニトイン、バルプロ酸、イソトレチノイン、癌の化学療法)
    • 脳の発達の異常(二分脊椎、髄膜瘤)
  • 分娩時
    • 酸素量の不足(低酸素症)
    • 極端な早産
  • 出生後
    • 脳感染症(髄膜炎、脳炎)
    • 脳の重篤な外傷
    • 栄養不良
    • 重度の情緒面でのネグレクトあるいは虐待
    • 毒素(鉛、水銀)
    • 脳腫瘍とその治療

症状

精神遅滞の子供には、生まれたときやその直後の段階から明らかな異常がみられることがあります。この異常には身体的なものや神経的なものがあり、顔の形の異常、頭が異常に大きいまたは小さい、手や脚の異常など、さまざまな形で現れます。外見的にはまったく正常でありながら健康に重大な問題があることを示す徴候、たとえば、けいれん、脱力、嘔吐、尿のにおいの異常、ほ乳不良、正常に成長しないといった症状が現れる子供もいます。重い精神遅滞のある子供は、出生後の1年間に運動能力の発達の遅れや、寝返りをうつ、座る、立つなどの動作に遅れがみられます。

しかし精神遅滞の子供の多くは、幼稚園や保育園に行く年ごろになるまで目立った症状を現しません。程度が重いほど症状が早い時期に明らかになります。最初に気づくことが多い徴候は、言葉の発達の遅れです。精神遅滞の子供は単語を話す、単語をつなぎ合わせて使う、完全な文を話すといったことができる時期が遅くなります。認知障害や言語能力の不足から社会性の発達が遅れることもあります。精神遅滞の子供は自分で服を着たり食べるようになる時期が遅れる場合もあります。子供が小学校や幼稚園、保育園に行くようになって年齢相応の活動や学習ができないことが判明するまで、精神遅滞の可能性を疑わない親もいます。

精神遅滞の子供は他の子供よりも行動面での問題を抱えることがやや多い傾向があり、突然、怒りを爆発させたり、かんしゃくを起こす、攻撃的な行動をするといったことがみられます。このような行動は彼らのコミュニケーション能力や衝動を抑える力が不足しているためで、欲求不満を感じる状況をさらに悪化させてしまうことになります。年長児はだまされやすく、ささいな犯罪に引きずり込まれる傾向があります。

精神遅滞の人の約10〜40%には精神疾患もみられます(重複診断)。特にうつ病はよくみられるもので、自分が友達とは違うことに気づいた子供や、障害があることで中傷や虐待を受けた子供によくみられます。

診断

多くの子供は小児神経科医、発達小児科医、臨床心理士、言語療法士、作業療法士、理学療法士、特殊教育専門の教師、ソーシャルワーカー、看護師などの専門家による診断を受けます。

医師は精神遅滞の疑いがある子供に対して、知能検査を行い、原因を探ることで診断します。精神遅滞は通常、回復するものではありませんが、精神遅滞を引き起こした原因を特定することで子供の今後の変化を予測し、その子供の機能のレベルを向上させる方法を考えることができます。また親に対しては、同じ障害をもつ子供が生まれるリスクについてのカウンセリングを行います。

新生児に精神遅滞に随伴すると思われる身体の異常やそのほかの症状がある場合は、代謝性疾患や遺伝性疾患を調べるための臨床検査が必要です。CT(コンピューター断層撮影)検査やMRI(磁気共鳴画像)検査などの画像検査で、脳の構造的な障害を調べることもあります。

言語の習得や社会的能力の習得が遅れている子供では、精神遅滞以外の障害や病気が原因になっている場合があります。たとえば聴覚障害は言語や社会性の発達を阻害するので、聴覚検査はよく行われます。情緒障害や学習障害も精神遅滞と誤認されることがあります。健全な愛情や関心を向けられることが長期にわたって欠落している子供(児童虐待とネグレクト: 身体的ネグレクトを参照)は、精神発達が遅れているようにみえることがあります。座ったり立ったりすること(粗大運動技能習熟)や手でものを操作すること(繊細運動技能習熟)が遅い子供は、精神遅滞とは関係のない神経性疾患をもつ可能性があります。

軽度の精神発達障害の場合、親が気づかないこともあるので、健康診断の際に発達スクリーニング検査を行います。子供の認識能力、言語能力、運動能力を評価するためにデンバー式発達スクリーニング検査などの簡単な検査を行います。子供の機能レベルを診断するために親に質問することもあります。これらのスクリーニング検査で年齢レベルよりも明らかに結果が下回った子供には正式な検査を行います。

正式な検査は、親とのインタビュー、子供の観察、標準‐参照テストの3つの要素から成ります。ウェクスラー式児童知能検査‐Ⅲ(WISC‐Ⅲ)などの検査は子供の知能を測ります。バインランド適応行動評価尺度などの検査は、コミュニケーション能力、日常生活能力、社会的能力、運動能力を評価します。これらの正式な検査は子供の知能と社会的能力を、同年齢の子供と正確に比較するものです。しかし文化的背景が異なる子供、非英語圏の家庭の子供、社会経済的に低い層にある家庭の子供はこれらの検査の結果が良くない傾向があります。そのため、精神遅滞を診断するにあたっては、検査結果と親から得た情報、それに子供を直接観察した結果から総合的に判断する必要があります。精神遅滞の診断を下すのが妥当なのは、知能と適応能力の両方が明らかに標準を下回る場合だけです。

予防と経過の見通し

予防策は、主に遺伝性疾患と感染症、偶発的な外傷に対するものになります。家族に遺伝性疾患の人がいる場合や、ほかにも遺伝性疾患をもつ子供がいる場合、医師は遺伝子検査を勧めることがあります。特に精神遅滞と関連のある遺伝性疾患、たとえばフェニルケトン尿症、テイ‐サックス病、脆弱(ぜいじゃく)X症候群などがある場合は、この検査を受けることが望ましいでしょう。遺伝性疾患にかかわる遺伝子を特定すると、遺伝性疾患をもつ子供が生まれるリスクについて遺伝カウンセラーが親にカウンセリングを行えます。妊娠の予定がある女性は必要な予防接種を受けるべきで、特に風疹については受けておく必要があります。風疹やヒト免疫不全ウイルス(HIV)など胎児に害を与えるウイルス感染症にかかるリスクが高い女性は、妊娠前にこれらの検査を受けておくべきです。

妊娠中に適切なケアを受けると精神遅滞の子供が生まれるリスクを軽減することができます。受胎前と妊娠初期にビタミン剤で葉酸を摂取すると、子供にある種の脳の異常が起こるのを防ぐことができます。陣痛と出産にかかわる医療技術や早産児をケアする手法の進歩は、早産に関連する精神遅滞の発生率を下げています。

精神遅滞を引き起こすことが多い病気に関するさまざまな検査は、妊娠中にも行えます。そのような検査には超音波検査、羊水穿刺(せんし)、絨毛(じゅうもう)穿刺、各種血液検査などがあります。羊水穿刺と絨毛穿刺はダウン症候群の子供が生まれるリスクが高い妊婦によく行われます。水頭症や重度のRh式血液不適合(ハイリスク妊娠: Rh式血液型不適合を参照)など一部の病気は妊娠中に治療できますが、ほとんどの病気は治療することができません。早期に胎児の異常を診断することによって、親は心の準備をしたり、中絶を検討することができます。

精神遅滞は重い身体障害を伴うことがあるため、その状態によっては精神遅滞の子供の寿命が短くなる場合があります。概して精神遅滞の程度が重いほど寿命は短くなる傾向があります。しかし軽度の精神遅滞の子供は、おおむね正常な平均余命をもちます。

治療

精神遅滞の子供は、多面的な専門家で構成されたチームによるケアを受けるのが最善です。専門家とはプライマリケアの医師、ソーシャルワーカー、言語療法士、理学療法士、臨床心理士、教育家などです。これらの専門家は精神遅滞の疑いがあるという診断が下ったらすぐに、家族とともに1人ひとりの子供に合わせた包括的な治療計画を作成します。親と兄弟姉妹も精神的な支援を受ける必要があります。家族全員が精神遅滞の子供のためのプログラムの一員になるべきです。

どのような支援が必要かを決めるにあたっては、子供が得意とすることと、不得手またはできないことのすべてについて検討しなくてはなりません。身体障害、性格面での問題、精神疾患、対人能力などは、どれも支援の内容を決める際に参考になります。

精神遅滞のある子供は教育を受ける権利があります。米国個別障害者教育法は公立の学校に対し、精神遅滞そのほかの発達障害がある子供と青年期の若者に、自由で適切な教育の機会を提供することを義務づけています。教育は極力制限がなく、可能な限り包括的な環境、つまり障害のある子供が障害のない子供と交流する機会や、学校の施設などの資源を同等に使う機会をあらゆる場面で与えられる環境で行われなくてはなりません。

精神遅滞の子供にとっては、自宅で生活するのが最も良いことです。しかし、自宅ではこのような子供のケアが十分できない家庭もあります。特に子供の障害が重く、複雑な場合には自宅でのケアが困難になります。子供がどこで生活するかを決めるのは難しく、家族と支援や医療にかかわるチーム全員が話し合う必要があります。重い障害をもつ子供を自宅でケアするのはかなり大変なことで、付きっきりで世話をしなくてはならないこともあり、多くの親にとっては不可能です。家族は心理的な支援を必要とします。ソーシャルワーカーは、家族を支援するためのサービスを計画し、準備することができます。デイケアセンターや一時療養施設などを利用したり、家政婦や保育士などの助けを借りることもできます。精神遅滞のある成人の多くは地域社会が提供している施設で生活していますが、このような施設では各人の必要に応じたサービスや、仕事や娯楽に参加する機会も提供されます。

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