ほとんどの大動脈解離は、高血圧によって動脈の壁が劣化することが原因で発生します。
耐えがたい激痛が突然、たいていは胸部全体に起こりますが、背中の肩甲骨の間の部分にも生じます。
診断を確定するには画像検査を行います。
通常は血圧を下げる薬を投与するとともに、外科手術を行って裂けた部分を修復するか、ステントグラフトを挿入して裂け目を覆います。
(大動脈瘤と大動脈解離の概要 大動脈瘤と大動脈解離の概要 大動脈は、直径が約2.5センチメートルある体内で最も太い動脈で、心臓の左心室から送られてきた酸素を多く含む血液を、肺を除く全身の組織に送り出しています(肺への血液は右心室から送り出されます)。心臓から出た大動脈からは、すぐに腕と頭へ向かう動脈が枝分かれします。その後、大動脈は弧を描いて下に向かい、左心室の高さから腰の骨(骨盤)の最上部の高... さらに読む も参照のこと。)
大動脈は全身で最も太い動脈です。酸素を豊富に含む血液を心臓から受け取り、枝分かれする動脈を介して全身に血液を送り出しています。胸部大動脈とは、大動脈のうち胸部を通過する部分のことで、ほとんどの大動脈解離はこの部分で発生します。
大動脈の壁の内層が裂けると、その裂け目に血液が勢いよく流れ込むことで、無傷の外膜から中間層が引き剥がされます(解離)。その結果、大動脈の壁の中に偽腔という空間が新たに形成されます。大動脈解離は女性より男性で3倍も多くみられ、黒人(特にアフリカ系アメリカ人)に多く、アジア人にはあまりみられません。大動脈解離を起こす人の約4分の3は、40~70歳です。
大動脈解離の最も一般的な原因は以下のものです。
大動脈解離が起きた人の3分の2以上は高血圧です。
大動脈解離のあまり一般的でない原因としては、以下のものがあります。
遺伝性結合組織疾患、特に マルファン症候群 マルファン症候群 マルファン症候群は、眼、骨、心臓、血管、肺、中枢神経系などに異常が生じるまれな遺伝性結合組織疾患です。 この症候群は、フィブリリンというタンパク質をコードしている遺伝子の突然変異によって発生します。 典型的な症状は、軽い場合から重い場合までありますが、腕や指が長いこと、関節が柔軟であること、心臓や肺の障害などがあります。 診断は症状と家族歴に基づいて下されます。 この症候群のほとんどの患者が70代まで生存します。 さらに読む と エーラス-ダンロス症候群 エーラス-ダンロス症候群 エーラス-ダンロス症候群は、関節が過度に柔軟である、皮膚が異常に伸びる、組織がもろいといった症状がみられる、まれな遺伝性結合組織疾患群です。 この症候群は、結合組織の生産を制御する複数の遺伝子の1つに異常があるために発生します。 典型的な症状としては、柔軟な関節、猫背、扁平足、伸びる皮膚などがあります。 診断は症状と身体診察の結果に基づいて下されます。 この症候群の患者のほとんどでは、余命は正常です。 さらに読む
心臓や血管の 先天異常 心臓の異常の概要 約100人に1人は心臓に異常をもって生まれます。重症の場合もありますが、多くはそうではありません。心臓の異常には心臓壁、弁、心臓に出入りする血管の異常形成などがあります。 心臓の先天異常の症状は年齢に応じて変わります。乳児では、努力性呼吸や速い呼吸、哺乳不良、授乳中の発汗または呼吸数の増加、唇または皮膚の青みがかった変色(チアノーゼ)、異... さらに読む 、例えば、大動脈縮窄症(狭くなる)、動脈管開存症(大動脈と肺動脈が連結した状態)、大動脈弁の異常など
交通事故や転倒で胸部を強打したなどの外傷
加齢(動脈壁の劣化につながります)
まれに、大動脈造影検査や血管造影検査などでのカテーテルの挿入中や、心臓や血管の外科手術中に偶発的に発生することもあります。
大動脈解離について
大動脈解離では、大動脈の壁の内層が裂け、その裂け目から流れ込んだ血液によって中間層が外層から剥がされます。その結果、大動脈の壁の中に偽腔という空間が新たに形成されます。 |
大動脈解離の症状
大動脈解離が起きると、90%以上の人が痛みを感じますが、典型的には突然の耐えがたい激痛で、しばしば引き裂かれるような痛みと表現されます。痛みのために失神する人もいます。最も多いのは胸の痛みですが、背中の肩甲骨の間に痛みが出ることもよくあります。その痛みはしばしば、解離が大動脈に沿って進んでいくのに合わせて移動していきます。このため、腸に血液を供給している上腸間膜動脈がふさがれると、腹痛や腰痛が生じます。
大動脈解離が大動脈に沿って進展すると、大動脈から別の動脈が枝分かれした部分がふさがれ、そこで血流が遮断されることがあります。それにより生じる症状は、どの動脈が閉塞したかによって異なります。
大動脈解離の合併症
合併症としては以下のものがあります。
神経や脊髄の損傷によるピリピリ感、腕や脚を動かせなくなる(脊髄動脈が閉塞した場合)
解離した所から血液が漏れ出して胸の中にたまることもあります。解離した所が心臓に近いと、漏れ出した血液が心嚢(心臓を覆う2層の膜の間の空間)にたまることがあり、そうすると心臓に十分な量の血液が流れ込めなくなり、生命を脅かす病気である 心タンポナーデ 心タンポナーデ 心タンポナーデとは、心臓を包んでいる2層の膜(心膜)の間に体液などの血液が貯留し、心臓が圧迫されることです。その結果、血液を送り出す心臓のポンプ機能が阻害されます。 典型的にはふらつきや息切れを感じ、失神することもあります。 症状や診察結果のほか、救急外来で行われる心臓超音波検査(心エコー検査)に基づいて診断されます。 針を使ったり、ときに手術を行ったりして、心臓の周りにたまった血液を除去します。... さらに読む が発生します。
大動脈の最初の数センチメートルで心臓に最も近い部分(上行大動脈)で解離が起こると、大動脈弁(心臓への血液の逆流を防いでいる心臓弁)の構造に異常が生じる場合があります。大動脈弁の構造が弱くなると、大動脈弁で逆流が起こり、結果として 心不全 心不全 心不全とは、心臓が体の需要を満たせなくなった状態のことで、血流量の減少や静脈または肺での血液の滞留(うっ血)、心臓の機能をさらに弱めたり心臓を硬化させたりする他の変化などを引き起こします。 心不全は心臓の収縮や弛緩が不十分になることで発生しますが、これらの変化は一般的に、心筋が弱ったり硬くなったりすることが原因で起こります。... さらに読む になります。
大動脈解離の診断
CT血管造影、MRアンギオグラフィー、経食道心エコーなどの画像検査
大動脈解離では、ときに他の病気とよく似た様々な症状がみられますが、通常はこの病気に特徴的な症状から明確に診断できます。大動脈解離がみられる人の一部では、腕と脚の脈が弱くなったり、感じられなくなったりします。大動脈に沿って起こった解離の部位によっては、右腕と左腕で血圧に差がみられることがあります。心臓側に向かって解離が進んでいる場合は、雑音が生じるため、それを聴診器で聴くことができます。
大動脈解離を発見するには、まず胸部X線検査を行います。X線検査では、症状がみられる人の90%で大動脈の拡張が認められます。しかし、大動脈の拡張はほかの病気によって起こることもあります。造影剤を注射して行う CT血管造影検査 CT血管造影 CT検査(以前はCAT検査とよばれていました)では、X線源とX線検出器が患者の周りを回転します。最近の装置では、X線検出器は4~64列あるいはそれ以上配置されていて、それらが体を通過したX線を記録します。検出器によって記録されたデータは、患者の全周の様々な角度からX線により計測されたものであり、直接見ることはできませんが、検出器からコンピュータに送信され、コンピュータが体の2次元の断面のような画像(スライス画像)に変換します。(CTとは... さらに読む は、迅速かつ確実に大動脈解離を検出することができるため、緊急時に有用です。経食道 心エコー検査 心エコー検査とその他の超音波検査 超音波検査では、周波数の高い超音波を内部の構造に当てて跳ね返ってきた反射波を利用して動画を生成します。この検査ではX線を使いません。心臓の超音波検査(心エコー検査)は、優れた画像が得られることに加えて、以下の理由から、心疾患の診断に最もよく用いられる検査法の1つになっています。 非侵襲的である 害がない 比較的安価である 広く利用できる さらに読む や MRアンギオグラフィー検査 冠動脈造影検査 心臓カテーテル検査と冠 動脈造影検査は、手術を行わずに心臓とそこに血液を供給する血管(冠動脈)を調べることができる低侵襲検査です。通常、これらの検査は、 非侵襲的な検査では十分な情報が得られない場合や、非侵襲的な検査では心臓や血管の問題が示唆されない場合、患者の症状から心臓や冠動脈の問題が強く疑われる場合に行われます。これらの検査の利点の1つとしては、検査中に 冠動脈疾患など様々な病気の治療も行えることがあります。... さらに読む でも、大動脈解離を確実に検出でき、非常に小さなものまで発見できます。
大動脈解離の予後(経過の見通し)
大動脈解離を起こした人の約20%は、病院に到着する前に死亡します。
治療しない場合の死亡率は、最初の2週間で高くなりますが、解離が起きた場所によって変わってきます。治療した場合には、大動脈解離が大動脈の心臓に最も近い部分にできた場合は70%、より離れた部分にできた場合は90%の人が生存して退院することができます。最初の2週間を乗り越えた人の5年生存率は60%で、10年生存率は40%です。最初の2週間を乗り越えた人は、最終的に約3分の1が解離の合併症のために死亡し、残りの3分の2はほかの病気で死亡します。
大動脈解離の治療
血圧をコントロールする薬
外科手術、ときに血管内ステントグラフト内挿術
大動脈解離を起こした人は、集中治療室(ICU)に入ってもらい、バイタルサイン(脈拍、血圧、呼吸数)を綿密にモニタリングする必要があります。死亡は大動脈解離の発生から2~3時間後にみられます。したがって、できるだけ速やかに薬剤を静脈から投与することにより、脳、心臓、腎臓への十分な血液供給を維持できる最低限の水準まで心拍数と血圧を下げる必要があります。心拍数と血圧を下げることで、解離の進展を抑えることにつながります。医師は、薬物療法の開始後すぐに、外科手術を勧めるか手術なしで薬物療法を継続するかを判断しなければなりません。
上行大動脈(大動脈の最初の数センチメートルほどで、心臓に最も近い部分)に起きた解離に対しては、解離の合併症のために手術のリスクが高すぎる場合を除いて、ほぼ常に外科手術が勧められます。外科手術では、解離した大動脈をできるだけ広範囲に切除し、大動脈の壁の中間層と外層の間に形成された血流路を封鎖して、人工血管で大動脈を再建します。大動脈弁で逆流が起きている場合は、手術で修復するか人工弁と置き換えます。
心臓からさらに離れた大動脈(下行大動脈)での解離では、通常は外科手術を行わずに薬物治療を続けるか、血管内ステントグラフトの挿入を検討します。血管内ステントグラフト内挿術では、鼠径部の太い動脈(大腿動脈)を通して細長いワイヤーを大動脈の解離部分まで進めます。その後、ステントグラフト(折りたためるストローのようなチューブ)をワイヤーに沿ってスライドさせ、大動脈の中の損傷部まで進めます。そこでステントグラフトを開くと、安定した血流の通り道が作られます。この手術にかかる時間は2~4時間で、入院日数は通常1~3日です。ステントグラフト内挿術は、開胸手術と比較して体への負担が少なく、下行大動脈解離の患者において生存率の向上と合併症のリスク低下をもたらしています。
外科手術またはステントグラフト内挿術が常に必要な状況として、解離によって動脈から血液が漏れ出している場合、生命維持に欠かせない腹部臓器や脚への血流が途絶えている場合、解離による症状がみられる場合、解離が拡大している場合、 マルファン症候群 マルファン症候群 マルファン症候群は、眼、骨、心臓、血管、肺、中枢神経系などに異常が生じるまれな遺伝性結合組織疾患です。 この症候群は、フィブリリンというタンパク質をコードしている遺伝子の突然変異によって発生します。 典型的な症状は、軽い場合から重い場合までありますが、腕や指が長いこと、関節が柔軟であること、心臓や肺の障害などがあります。 診断は症状と家族歴に基づいて下されます。 この症候群のほとんどの患者が70代まで生存します。 さらに読む である場合などがあります。
手術を受けた人も含めて大動脈解離を起こした人は、普通はその後の生涯を通じて、血圧を低く保つための薬物療法を続けなければなりません。その治療法は大動脈への負荷を軽減するのに役立ちます。 血圧を低下させる薬物療法 高血圧の薬物治療 高血圧は非常によくみられます。症状がない場合も多いですが、高血圧は 脳卒中、 心臓発作、および 心不全のリスクを高める可能性があります。そのため、高血圧を治療することは重要です。高血圧の人は、血圧を下げるために 生活習慣を変えるべきです。しかし、そのような変更だけで血圧が十分に低下しない場合には、薬物治療が必要になります。 高血圧の治療に使用される薬剤は降圧薬と呼ばれています。降圧薬にはいろいろな種類があり、高血圧のほとんどを制御するこ... さらに読む として、通常はベータ遮断薬かカルシウム拮抗薬に加えて、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬など別の種類の降圧薬を併用します。 動脈硬化 動脈硬化 アテローム性動脈硬化とは、太い動脈や中型の動脈の壁の中に主に脂肪で構成されるまだら状の沈着物(アテロームあるいはアテローム性プラーク)が形成され、それにより血流が減少ないし遮断される病気です。 アテローム性動脈硬化は、動脈の壁が繰り返し損傷を受けることによって引き起こされます。... さらに読む がある人には、コレステロール降下薬の投与と食事制限を行います。
大動脈解離を起こした人で発生する可能性がある合併症を検出するために、緊密な経過観察を継続します。最も重要なのは以下のものです。
解離の再発
大動脈弁を介した逆流の増加
これらの合併症が起きると、外科手術による修復が必要になることがあります。