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妊娠中に生じる危険因子

妊娠中に、妊娠のリスクを高めるような問題や症状が起こることがあります。先天異常を生じる性質を催奇形性といい、たとえば放射線の照射や、一部の化学物質、薬物、感染症などがさまざまな先天異常を引き起こすことがあります。また、妊娠中に病気にかかることもあります。病気の中には、妊娠に関連して起こるもの(妊娠合併症)もあります。

薬物

薬物の中には、妊娠中に服用すると胎児の先天異常を引き起こすものがあります(妊娠中の薬物の使用を参照)。たとえばアルコール、イソトレチノイン(重度のにきびの治療薬)、一部の抗けいれん薬、リチウム、一部の抗生物質(ストレプトマイシン、カナマイシン、テトラサイクリンなど)、サリドマイド、ワルファリン、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬(妊娠中期以降の25週以降に使用した場合)などです。葉酸が欠乏すると胎児に先天異常が生じるリスクが高くなるため、免疫抑制薬のメトトレキサートや抗生物質のトリメトプリムなど、葉酸の作用を阻害する薬も胎児の先天異常の原因となります。コカインの使用は先天異常、胎盤早期剥離、早産の原因になります。喫煙は低体重児を出産するリスクを高めます。医師は妊娠初期に必ず、これらの薬物を使用しているかどうかを尋ねます。中でも特に注意が必要なのはアルコール、コカイン、喫煙です。

妊娠中に発症する病気

妊娠中、妊娠とは直接関係ない病気にかかることがあります。病気によっては母体や胎児に問題が起こるリスクが高くなります。たとえば高熱が出る病気、感染症、開腹手術が必要な病気などです。また妊娠に伴う母体のさまざまな変化によって、発症しやすくなる病気もあります。たとえば血栓塞栓症、貧血、尿路感染症などです。

発熱: 妊娠初期(12週まで)に39.5℃以上の発熱を起こすと、流産したり、脳や脊髄に障害のある子供が生まれるリスクが高くなります。妊娠後期の発熱は早産のリスクを高めます。

感染症: 感染症の中には、妊娠中にかかると胎児の先天異常の原因となるものがあります。風疹は心臓や内耳などの先天異常を引き起こすことがあります。サイトメガロウイルスによる感染症では、ウイルスが胎盤を通過して胎児の肝臓や脳に障害を及ぼすことがあります。ウイルス感染症ではこのほか、単純ヘルペスや水ぼうそう(水痘)なども胎児への悪影響や先天異常を引き起こすことがあります。原虫感染症のトキソプラズマ症は流産、胎児の死亡、重度の先天異常の原因となります。細菌感染症のリステリア症も胎児に悪影響を及ぼすことがあります。妊娠中に腟の細菌感染症(細菌性腟炎など)を起こすと早産や早期破水につながることがあります。抗生物質の投与によりこうした問題の発生率を下げられることがあります。

開腹手術が必要な病気: 妊娠中に、腹部の緊急手術を要するような病気にかかることがあります。開腹手術は早産のリスクを高め、特に妊娠初期では流産を引き起こすことがあります。このため母体の健康に長期的な問題がない限り、手術はできるだけ遅らせます。

妊娠中に虫垂炎になった場合は、虫垂が破裂すると生命にかかわることがあるため、手術で早急に虫垂を取り除きます(虫垂切除術)。虫垂切除術が胎児に影響したり、流産を引き起こしたりすることはまずありません。妊娠中にはむしろ、虫垂炎が起きているのに気づきにくいことが問題となります。虫垂炎によるけいれん性の痛みは、妊娠中によくみられる子宮収縮に伴う痛みと似ています。また、妊娠して子宮が大きくなっていくと虫垂の位置が上に移動するため、虫垂炎で痛む場所が通常とは異なることがあり、この病気に気づきにくくなります。

卵巣嚢胞があって妊娠してもなくならない場合、手術は妊娠12週以降まで待ちます。嚢胞は妊娠を維持するホルモンを分泌している場合があり、放っておいてもいずれ消失することが少なくないからです。ただし嚢胞が大きくなったり別の腫瘤(しゅりゅう)が生じてきた場合は、癌が疑われるため、12週以前でも手術が必要となることがあります。

妊娠中に腸閉塞が起こると非常に危険です。腸閉塞がもとで腸管の壊疽(えそ)や腹膜炎(腹腔を覆っている膜の炎症)が生じると流産の可能性があり、母体の生命も危険にさらされます。妊婦に腸閉塞の症状がある場合、特に腹部の手術や感染症の既往がある人の場合は、ただちに試験開腹(治療が遅れると生命にかかわるような場合に診断が確定していなくても開腹手術を実施すること)が行われます。

血栓塞栓症: 米国では、血栓塞栓症は妊婦の死亡原因として最も多くみられます。これは血管の中に血のかたまり(血栓)ができる病気です。血栓は血流に乗って動脈を詰まらせることがあり、この状態を塞栓といいます。血栓塞栓症を発症するリスクは出産後6〜8週間は高くなります。血栓による合併症の多くは分娩時の外傷によって起こります。このリスクは経腟分娩よりも帝王切開の方が大幅に高くなります。

血栓ができる場所は主として下肢の表在静脈(血栓性静脈炎)と下肢の深部静脈(深部静脈血栓症)です。症状はふくらはぎの腫れや痛み、圧痛です。症状の重さはこの病気の重症度とは関係がありません。血栓は下肢から肺へ移動し、肺の動脈を詰まらせてしまうことがあります。これを肺塞栓症といい、生命にかかわることがあります。脳に血液を供給する動脈に血栓が詰まると、脳卒中を起こします。骨盤内に血栓が生じることもあります。

前回の妊娠中に血栓が生じた人は、次回の妊娠では予防のため抗凝固薬のヘパリンを投与されることがあります。血栓が疑われる症状が現れた場合はドップラー超音波検査を行い、血栓が見つかればただちにヘパリンの投与を開始します。ヘパリンは注射で静脈内または皮下に投与されます。ヘパリンは胎盤を通過しないので胎児に影響はありません。血栓が生じるリスクが高い場合は出産後6〜8週間まで治療を続けます。出産後はヘパリンの代わりにワルファリンが投与されることもあります。ワルファリンは経口投与が可能で、ヘパリンと比べて合併症のリスクが低く、授乳中の人でも服用できます。

肺塞栓症が疑われる場合は、肺換気/血流スキャン(肺塞栓症: 診断を参照)を行って診断を確定します。これは微量の放射性物質を静脈内に注射して肺の血流分布を調べる検査です。使用する放射性物質の量はごくわずかなので妊娠中でも問題ありません。それでも診断がつかない場合は肺動脈造影検査を行います。

貧血: 妊娠中は鉄分が不足するため、程度の差はありますが多くの妊婦が貧血になります。胎児の赤血球をつくり出すにも鉄分が必要となるため、妊娠中には鉄分の必要量が倍増します。葉酸が不足しても貧血になります。貧血の予防または治療として、通常は鉄分と葉酸を補給します。しかし貧血が重症の場合や長く続く場合は、血液が運ぶ酸素の量が減少します。その結果、胎児は正常な成長と発達に必要な酸素の供給が受けられなくなり、特に脳の発達に支障を来します。重度の貧血がある妊婦には、極度の疲労感や息切れが生じたり、頭がクラクラするなどの症状が現れます。また、早産のリスクが高くなります。分娩時に普通にみられる程度の出血量でも、このような人では危険な状態に陥ることがあります。また、貧血があると出産後に感染症を起こしやすくなります。葉酸が不足している場合は、胎児に二分脊椎(にぶんせきつい)など脳や脊髄の先天異常が生じるリスクも高くなります。

尿路感染症: 尿路感染症は妊娠中によくみられます。これは大きくなった子宮によって腎臓と膀胱(ぼうこう)を結ぶ管(尿管)が圧迫されて、尿の流れが悪くなるためだと考えられています。尿の流れが悪くなると尿管の細菌が洗い流されず、感染症を起こすリスクが高くなります。尿路感染症は早産や早期破水のリスクを高めます。ときに膀胱や尿管の感染症が尿路をさかのぼって腎臓に達し、腎臓の感染症を起こすことがあります(産後の回復と心身の変化: 膀胱と腎臓の感染症を参照)。治療には抗生物質が使用されます。

妊娠合併症

妊娠合併症は、妊娠中に特有の健康上の問題です。母体に影響するものもあれば、胎児に影響するもの、あるいは母子ともに影響するものもあり、問題が起こる時期もさまざまです。たとえば前置胎盤(胎盤の位置の異常)や胎盤早期剥離などの合併症があると、妊娠後期の3カ月に腟から出血することがあります。この時期に出血すると胎児が死亡したり、分娩中に母体が大出血を起こしたり、死に至るなどの危険があります。しかしほとんどの妊娠合併症は治療によって改善します。

子宮外妊娠

正常な妊娠では、卵子は卵管内で受精して子宮内膜に着床します。しかし卵管が狭くなったりふさがったりしていると、受精卵の移動が遅くなったり妨げられたりします。中には子宮にたどり着けない受精卵が、子宮以外の場所にとどまってしまうことがあり、これを子宮外妊娠といいます。子宮外妊娠は主に左右どちらかの卵管に起こりますが(卵管妊娠)、卵管以外の場所に起こることもあります。こうして子宮以外の場所に着床した胎児は、生存することができません。

子宮外妊娠は妊娠100〜200件に1件の割合で起こります。危険因子としては、(1)卵管の病気、(2)骨盤内炎症性疾患、(3)過去の子宮外妊娠、(4)母親が胎児のときジエチルスチルベステロールの影響を受けた、(5)卵管の避妊手術を受けたが成功しなかった、あるいは再手術で卵管を元に戻した場合―などがあります。

子宮外妊娠では、不正性器出血や腹部のけいれん性の痛みといった症状がみられます。胎児の成長により周囲の構造が破れることもあります。妊娠6〜8週以降では卵管が破裂して下腹部に激痛が生じ、失神する場合もあります。さらに遅い時期(妊娠12〜16週以降)に卵管破裂を起こすと、胎児と胎盤が大きくなっているため大量に出血し、母体が死亡する危険が高くなります。

妊娠しているかどうかがわからない場合は妊娠検査をします。妊娠していれば超音波検査で胎児の位置を確かめます。子宮内に胎児が見つからなければ子宮外妊娠が疑われます。超音波検査で子宮以外の部位に胎児が認められれば診断が確定します。へその下を小さく切開して管状の観察装置(腹腔鏡)を挿入し、直接観察することもあります。

子宮外妊娠は生命の危険を伴うため、できるだけ早く胎児と胎盤を除去する必要があります。通常は腹腔鏡を使って除去しますが、場合によっては開腹手術が必要になります。まれに、損傷がひどいため子宮を摘出しなければならないこともあります。手術の代わりにメトトレキサートを1回注射することもあります。この薬によって子宮外妊娠の組織は死滅し、自然吸収されます。ときにメトトレキサートと手術の併用が必要となる場合もあります。

妊娠中のホルモン変化によって起こる問題の中には、症状が軽く一時的なものもあります。たとえば妊娠によるホルモンの影響で、胆道を通る胆汁の流れが悪くなることがあります。これを妊娠性胆汁うっ滞といいます。主な症状は全身のかゆみで、普通は妊娠後期に生じます。発疹はありません。かゆみが強い場合には、コレスチラミンが投与されます。胆汁うっ滞は、普通は出産後に解消されますが、次回以降の妊娠で再発する傾向があります。

妊娠悪阻: 妊娠中に非常に激しい吐き気や嘔吐がみられる場合を、普通のいわゆる「つわり」と区別して妊娠悪阻(にんしんおそ)といいます。頻繁に嘔吐があり、吐き気が激しいため体重減少や脱水を起こす場合がこれに該当します。嘔吐があっても体重が増加していて脱水もない場合は、妊娠悪阻ではありません。妊娠悪阻の原因は不明です。

妊娠悪阻は母体にも胎児にも生命にかかわる状態で、入院治療が必要です。静脈から水分、ブドウ糖、電解質、ときにビタミンなどを投与します。最低24時間は飲食が禁止されます。必要に応じて鎮静薬や制吐薬などの薬も投与されます。脱水症状から回復して嘔吐が治まれば、刺激の少ない食べものを少量ずつ何回にも分けて食べはじめることができます。様子をみながら、可能な範囲で1回の食事の量を増やしていきます。嘔吐は通常、2〜3日で治まります。症状が再発する場合は同様の治療を繰り返します。まれに、治療を行っても体重減少が止まらず症状が続くことがあります。このような場合は症状が治まるまで、鼻から小腸に入れたチューブで直接栄養を送りこみます。

妊娠中毒症(子癇前症): 妊娠中毒症は妊婦のおよそ5%にみられます。主な症状は血圧上昇とタンパク尿です。妊娠中毒症は普通、妊娠20週から産後1週間の間に発症します。原因は不明ですが、初産婦、多胎妊娠、前回の妊娠で妊娠中毒症があった人、もともと高血圧や血管の病気がある人、鎌状赤血球症の人によくみられます。妊婦の年齢が15歳以下または35歳以上の場合も妊娠中毒症になりやすい傾向があります。

妊娠中毒症に関連する重症疾患にHELLP症候群と呼ばれるものがあり、以下のような状態を伴います。

  • 溶血(赤血球が壊れること)。
  • 血液中の肝酵素値の上昇(肝機能の異常を示す徴候)。
  • 血小板の減少(血液が固まりにくくなり、分娩中や分娩後に出血するリスクが高くなる)。

妊娠中毒症の200人に1人は血圧が非常に高くなってけいれん発作を起こします。この状態を子癇(しかん)といいます。子癇のうち4分の1は出産後2〜4日目に起こります。ただちに適切な処置をしなければ、子癇は生命にかかわります。

妊娠中毒症は、胎盤早期剥離(胎盤が通常より早い時期に子宮からはがれてしまうこと)の原因となります。妊娠中毒症の女性から生まれた新生児では、出生直後に問題が起こる可能性は通常と比べて4〜5倍高くなります。胎盤の機能不全や早産などが原因で、胎児が正常より小さい場合があります。

妊娠初期の軽度な妊娠中毒症は自宅のベッド上で安静にしていれば十分なこともありますが、医師の診察は頻繁に受けるようにします。妊娠中毒症が悪化した場合は入院が必要になります。ベッドで安静にし、胎児が成長し生まれても安全な段階になるまで注意深く経過を観察します。降圧薬が投与されることもあります(妊娠中に障害を起こすおそれのある主な薬*を参照)。出産の数時間前には、けいれん発作のリスクを低下させるため硫酸マグネシウムを静脈投与する場合もあります。出産予定日近くに発症した場合は、普通、陣痛を誘発して出産に及びます。

重度の妊娠中毒症で、すぐに経腟分娩できるほどには子宮頸部(子宮口)が開いていない場合は、帝王切開で出産することもあります。帝王切開は最も短時間で済む出産方法で、出産時間が短ければ母子に合併症が生じるリスクが低くなるからです。血圧が高い場合は、分娩前にヒドララジンやラベタロールなどの降圧薬を静脈投与することもあります。HELLP症候群の治療も重症妊娠中毒症とほぼ同様です。

妊娠中毒症や子癇を起こした人は出産後にけいれん発作を起こすリスクが高いため、出産後2〜4日間は注意深く経過を観察します。全身状態が良くなってきたら、自力で歩くことを勧められます。妊娠中毒症とその合併症の程度にもよりますが、出産後数日間は入院します。退院後は必要があれば降圧薬を服用し、出産後2〜3カ月は少なくとも2週間に1回、医師の診察を受けます。出産後6〜8週間は血圧の高い状態が続くこともあります。高血圧がそれ以上長く続く場合は、妊娠中毒症が原因ではない可能性があります。

妊娠糖尿病: 妊婦のおよそ1〜3%が妊娠中に糖尿病を発症します。これを妊娠糖尿病といいます。糖尿病の発症に気づかず治療を行わずにいると、母子ともに健康上の問題が生じるリスクが高くなります。胎児が死亡するおそれもあります。妊娠糖尿病は、肥満した女性や特定の民族(特にアメリカ先住民、太平洋諸島系、メキシコ系、インド系、アジア系)の女性に多くみられる傾向があります。

妊娠後期は体内のインスリン需要が増大しますが、それに見合う量のインスリンが産生されないと糖尿病になります。妊娠糖尿病を発症するほとんどの人はこれが原因です。インスリン需要が増大するのは、妊娠に伴って血糖値が高くなるのでこれをコントロールするためです。以前から糖尿病があり、妊娠して初めて気づく人もいます。

妊娠糖尿病の検査方針は医師によって異なり、すべての妊婦にスクリーニング検査を行う医師もいれば、肥満や民族的背景といった危険因子がある人にのみ行う医師もいます。血糖値は採血して調べます。妊娠糖尿病の人は、自宅で使用できる測定装置を使って血糖値の自己測定をするように指導されます。

治療には糖分の多い食品を控え、体重が増えすぎないように管理をします。それでも血糖値が高い場合はインスリンが投与されます。妊娠糖尿病は通常は出産後に解消されますが、妊娠糖尿病を発症した人の多くは高齢になって2型糖尿病を発症します。

Rh式血液型不適合: Rh式血液型不適合は、母体の血液型がRhマイナスで、胎児の血液型は父親からの遺伝でRhプラスである場合に起こります。米国の夫婦のうち約13%は夫がRhプラスで妻がRhマイナスです。

Rh因子とは赤血球膜上にみられる分子です。赤血球にRh因子があれば血液型はRhプラス、なければRhマイナスとなります。胎児のRhプラスの血液が母体に入ると、母体の免疫システムが胎児の赤血球を異物とみなし、Rh抗体と呼ばれる抗体をつくって胎児の赤血球を壊します。このように抗体が産生されることをRh感作といいます。

分娩時を除けば、妊娠中に胎児の血液が母体の血流中に多量に入ることはまずありません。このため初回の妊娠でRh感作は通常は起こらず、胎児や新生児に問題が起こることはまずありません。しかし、ひとたび母体が感作されると、Rhプラスの胎児を妊娠するたびに問題が生じる可能性が高くなります。妊娠回数を重ねるごとに、母体ではより早い時期に、より多くのRh抗体がつくられるようになるからです。

Rh抗体が胎盤を通過して胎児に移行すると、胎児の赤血球が破壊されることがあります。この破壊速度が、胎児の体内で赤血球が新たにつくられる速度を上回ると、胎児は貧血になります。このような状態を胎児または新生児の溶血性疾患(胎児赤芽球症、新生児赤芽球症)(新生児の溶血性疾患とはを参照)といいます。重症になると胎児が死亡します。

初回の妊婦検診で、妊婦のRh式血液型を調べるための血液検査が行われます。Rhマイナスだった場合は、Rh抗体の有無と、父親の血液型も調べます。父親がRhプラスであればRh感作が生じるリスクがあります。このような場合は妊娠期間中は定期的に血液検査を行い、Rh抗体の有無をチェックします。抗体が検出されなければ妊娠を正常に継続できます。

抗体が検出された場合は胎児を守るための措置が取られます。その内容は抗体の量によって異なります。抗体価が非常に高い場合は羊水穿刺を行います。これは体の外から針を刺して羊膜内の液体(羊水)を採取する検査です。羊水中のビリルビン(赤血球が壊れたときにできる黄色い色素)を測定し、値が高ければ胎児に輸血をします。胎児が十分に成長するまで輸血を繰り返し、母体の外でも安全に生きられる段階まで成長したら、陣痛を誘発します。出生後もしばらく輸血が必要な場合があります。一方、出生後までは輸血が必要ないケースもあります。

Rhマイナスの女性には予防策として、妊娠28週と、Rhプラスの胎児を出産後72時間以内にRh抗体が注射されます。この方法は胎児を流産または中絶した場合にも行われます。注射する抗体としてはRho(D)免疫グロブリン(抗D免疫グロブリン)を使用します。母体の血流中にもしも胎児の赤血球が入っていても、注射した抗体によって破壊されます。こうして母体での抗体の産生を防ぎ、次回以降の妊娠で問題が起こらないようにするのがこの治療の目的です。

妊娠中の脂肪肝: 妊娠末期に起こるまれな病気で急性妊娠性脂肪肝ともいい、その原因は不明です。吐き気、嘔吐、腹部の不快感、黄疸(おうだん)などの症状がみられます。急速に悪化して肝不全を起こすことがあります。肝機能検査の結果に基づいて診断され、診断の確定に肝生検が必要となる場合もあります。脂肪肝が発見された場合は、ただちに妊娠の継続を断念するよう勧められることがあります。妊娠中の脂肪肝は母子ともに死亡するリスクが高い病気ですが、生き延びた場合は完治します。通常は、次回の妊娠で脂肪肝が再発することはありません。

産褥性心筋症: 妊娠後期または産後に心筋が障害されることがあり、産褥(さんじょく)性心筋症と呼ばれます。原因は不明です。この病気は、妊娠や出産の経験が複数回ある人、年齢の高い人、多胎妊娠の人、妊娠中毒症がある人に起こる傾向があります。産後も心機能が回復しないケースもあります。こうした人は次回の妊娠でも産褥性心筋症を起こすことがあるため、以後は妊娠を避けるべきです。産褥性心筋症が原因で心不全(心不全を参照)を起こした場合は治療が必要です。

羊水に生じる問題: 胎児を包む羊膜内の羊水の量が異常に多くなることがあり、羊水過多と呼ばれます。羊水過多になると子宮が大きくなって横隔膜が上に押し上げられるため、重度の呼吸障害や早産を起こしやすくなります。

羊水過多は多胎妊娠の場合や、糖尿病、胎児血に対するRh抗体産生などがある妊婦によくみられます。食道閉塞や脳・脊髄の異常(二分脊椎など)といった、胎児の先天異常も羊水過多の原因となります。約半数は原因不明です。

羊水の量が少ない羊水過少もさまざまな問題を引き起こします。羊水の量が極端に少ないと胎児の肺が十分に発達せず、胎児自体も圧迫されるため奇形を生じます。この状態をポッター症候群といいます。

羊水過少は、胎児に尿路の先天異常や発育不良がある場合、胎児が死亡している場合などによくみられます。また、妊娠中期から後期(13週以降)にエナラプリルやカプトプリルといったアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬を使用した場合も羊水過少となることがあります。このため妊娠中にこれらの薬を使うのは、重度の心不全や高血圧の治療にどうしても必要な場合のみに限られます。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)も、妊娠後期に用いると羊水過少の原因となります。

前置胎盤: 胎盤は普通は子宮の上部に形成されますが、ときに子宮の下の方に位置する子宮頸部(子宮口)上やその近くにできることがあります。これを前置胎盤といい、胎盤が完全に子宮口をふさいでいるものから一部だけふさいでいるものまであります。前置胎盤は約200回の出産に1回の割合で起こり、経産婦や、子宮筋腫など子宮の異常がある人に起こりやすい傾向があります。

前置胎盤があると、妊娠後期に突然腟から出血することがあります。痛みはなく、鮮紅色の血液がみられます。ときに大量出血を起こし、母子ともに危険な状態になります。

前置胎盤の発見や、胎盤早期剥離との判別には超音波検査が役立ちます。

出血が激しい場合、特に胎盤が子宮口を完全にふさいでいる場合は、出産まで入院します。繰り返し輸血が必要となる場合もあります。出血が少量で分娩まで時間がある場合は、入院してベッド上で安静を保つことを勧められます。出血が止まれば歩くこともできます。再出血がなく、必要ならすぐに来院できる状態であれば、通常は退院します。ほとんどのケースでは陣痛が始まる前に帝王切開で分娩が行われます。前置胎盤では、陣痛が始まると胎盤がごく早い時期にはがれてしまい、胎児に酸素が送られなくなるからです。酸素が不足すると脳障害などさまざまな問題が胎児に生じる可能性があります。

胎盤早期剥離: 子宮壁の正常な位置に付着している胎盤が、胎児が生まれる前にはがれてしまうことで、常位胎盤早期剥離ともいいます。胎盤の一部がはがれることもあれば(10〜20%程度の剥離など)、完全にはがれてしまうこともあります。原因は不明で、全出産の0.4〜3.5%に起こります。胎盤早期剥離は高血圧のある妊婦(妊娠中毒症の場合も含む)や、コカインを使用している妊婦に多くみられます。

胎盤がはがれるとその部分の子宮壁から出血し、子宮口を通って腟からの出血となったり、胎盤の裏側にたまって内出血を起こします。症状は剥離の程度と出血量によって異なり、大量出血となることもあります。自覚症状は突然の腹痛で、持続性の痛みもあればけいれん性の痛みの場合もあります。腹部を押すと圧痛がみられたり、ショック状態に陥ることもあります。血管内で広範囲に血液凝固が起こる播種(はしゅ)性血管内凝固症候群、腎不全、子宮壁内への出血を起こすこともあり、特に妊娠中毒症の人ではこうした状態になるおそれがあります。胎盤がはがれると胎児への酸素と栄養の供給が少なくなります。

胎盤早期剥離はその症状から疑われ、超音波検査で診断が確定されます。

胎盤の異常

胎盤の異常

胎盤は正常な状態では子宮の上部に位置し、胎児の娩出が終わるまではしっかりと子宮壁に付着しています。胎盤早期剥離では、胎児がまだ子宮の中にいるのに胎盤が子宮からはがれてしまい、胎盤がはがれた部分の子宮から出血し、胎児への酸素と栄養の供給も不足します。胎盤早期剥離が起こった場合は入院が必要となり、胎児を早く出産させることもあります。前置胎盤は、胎盤が子宮口やその近くにできた状態です。妊娠後期に突然、痛みを伴わない出血が起こり、大量出血になることもあります。普通は帝王切開で胎児を出産します。

胎盤早期剥離を起こした場合は入院してベッド上で安静を保ちます。症状が軽減したら歩くことを勧められ、いったん退院することもあります。出血が続いたり悪化していれば胎児への酸素供給が不十分になっているおそれがあり、こうした場合や出産予定日が近い場合は、早期の出産が母子の双方にとって最善の方法となります。経腟分娩が不可能であれば帝王切開を行います。

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