メルクマニュアル18版 日本語版
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はじめに

肺高血圧は,肺循環における血圧の上昇である。肺高血圧には多くの二次性の原因がある;原因不明の場合は,原発性肺高血圧(PPH)と呼ばれる。PPHでは,肺血管は収縮,肥厚,および線維化する。肺高血圧は,右心室の過負荷と右心室不全を引き起こす。症状は,疲労,労作性呼吸困難であり,ときに胸部不快感,失神がみられる。診断は肺動脈圧の測定により行われる。治療には血管拡張薬を用い,選択した進行例には肺移植を行う。治療可能な二次性の原因が見つからなければ,予後は全般に不良である。

疫学,病因,病態生理

肺高血圧は,平均肺動脈圧が安静時25mm Hg以上または運動時35mmHg以上として定義される。多くの病態および薬物が肺高血圧の原因となっている(肺高血圧: 続発性肺高血圧の原因表 1: 表を参照)。PPHはそのような原因が見られない肺高血圧である。しかしながら,最終的な結果は同じといえる。PPHはまれな疾患であり,100万人に1人か2人が罹患する。

表 1

続発性肺高血圧の原因

肺性

長期的高所環境への暴露

慢性血栓塞栓症

先天性肺動静脈シャント

COPD

低換気症候群

間質性肺疾患/肺線維症

閉塞性睡眠時無呼吸

肺毛細血管腫(まれ)

心臓性

先天性心疾患

高拍出性心不全

左室拡張機能不全(複数の要因)

アイゼンメンガー複合体に伴う左-右シャント

動脈管開存症

結合組織病

混合性結合組織病

RA

硬皮症およびCREST.(calcinosis cutis:皮膚石灰沈着症,Raynaud's phenomenon:レイノー現象,esophageal dysmotility:食道運動低下,sclerodactyly:強指症,telangiectasias:毛細血管拡張症)症候群

SLE

脈管炎

門脈圧亢進症/肝不全

感染性疾患

HIV

寄生虫症(住血吸虫症,フィラリア症,蠕虫病)

薬物と毒素

アンフェタミン

食欲抑制薬(フェンフルラミン,デクスフェンフルラミン)

コカイン

l-トリプトファン(汚染された)

毒性菜種油摂取

血液性

真性赤血球増加症

鎌状赤血球貧血

新生児遷延性肺高血圧症

PPHの女性の罹患率は男性の2倍である。診断時の平均年齢は35歳である。この疾患は家族性と散発性の場合がある;散発性の症例のほうが約10倍発生頻度が高い。ほとんどの家族性症例は,形質転換成長因子(TGF)-β受容体ファミリーに属する2型骨形成蛋白受容体(BMPR2)の遺伝子に変異を有する。散発性症例でも約20%がBMPR2の変異を有する。PPHを有する多くの人では,アンジオポイエチン-1の濃度が上昇している;アンジオポイエチン-1は,BMPR2のシスター受容体であるBMPR1Aを下方制御すると思われ,かつ,セロトニン生成と内皮平滑筋の過形成を刺激しうる。他に可能性のある寄与因子には,セロトニン輸送の異常およびヒトヘルペスウイルス8型への過去の感染などがある。

PPHは,可変的な血管収縮,平滑筋肥大,および血管壁の再構築によって特徴づけられる。血管収縮は,トロンボキサンおよびエンドセリン1(両方とも血管収縮物質)の活性促進,ならびにプロスタサイクリンおよび一酸化窒素(両方とも血管拡張物質)の活性低下が一因となると考えられている。血管閉塞による肺血管圧の上昇は,さらにその内皮を損傷する。損傷によってその内膜面で凝固が活性化し,それにより高血圧が悪化しうる。プラスミノーゲン活性化因子インヒビター1およびフィブリノペプチドAの増加,および組織プラスミノーゲン活性因子の活性の減少による血栓性凝固障害もまた一因となりうる。内皮表面の限局性凝固を慢性血栓塞栓性肺高血圧症(形成された肺塞栓を原因とする肺高血圧)と混同してはならない。

ほとんどの患者において,PPHはやがて右室肥大に至り,その後に拡張症および右心不全となる。

症状と徴候

進行性の労作性呼吸困難と易疲労性はほとんど全ての症例に起こる。非定型胸痛および労作性の浮遊感または前失神状態が呼吸困難に伴うこともある。これらの症状は主に不十分な心拍出量によるものである。レイノー現象はPPH患者の約10%に起こる。この10%の患者は99%が女性である。喀血はまれであるが致死的となりうる;拡張した肺動脈を原因とする反回神経の圧迫による嗄声(オルトナー症候群)もまれに起こる。

進行例における徴候には,右室の外方拡大,大幅に分裂した第2心音(S2),S2の肺動脈成分の亢進(P2),肺動脈駆出性クリック,右室第3心音(S3),頸静脈怒張が含まれうる。うっ血肝および末梢浮腫はよくみられる晩期症状である。

診断

PPHの診断は,著明な労作性呼吸困難を有する患者が,それ以外では比較的健康で,肺高血圧の原因として知られる他の疾患の病歴または徴候を有さない場合に疑われる(肺高血圧: 続発性肺高血圧の原因表 1: 表を参照)。

患者はまず呼吸困難のより一般的な原因を同定するために,胸部X線,スパイロメトリー,心電図の検査を受け,次に右室内圧および肺動脈圧の評価に加え,続発性肺高血圧の原因となる構造的心疾患の検出のためにドプラ心エコー検査を受ける。

PPHの最も一般的なX線検査結果は拡張した肺門血管であり,それは末梢に向かって急激に細くなる。スパイロメトリーおよび肺気量分画は正常または軽度の拘束性を示しうるが,一酸化炭素拡散能(DLco)は通常減少する。一般的な心電図所見は,右軸偏位,V1においてR波がS波の振幅より大きいこと,S1Q3T3,先鋭なP波である。

追加検査は,臨床的に明らかでない二次性の原因を診断するために,適応があれば行われる。これには,血栓塞栓症を検知するための肺換気-血流スキャン;閉塞性または拘束性肺疾患を特定するための肺機能検査;およびリウマチ性疾患を立証または反証する証拠を収集するための血清学的検査がある。慢性血栓塞栓性肺高血圧症はCTまたは肺スキャンにより示唆され,動脈造影により診断される。HIV検査,肝機能検査,睡眠ポリグラフなどの他の検査は,適切な臨床状況において行われる。

初期評価で続発性肺高血圧に関連する条件が何ら認められない場合,右心房,右心室,肺動脈,肺毛細血管楔入圧,および心拍出量を測定するために,肺動脈カテーテル法が必要となる。心房中隔欠損症を除外するために,右心系のO2飽和度を測定すべきである。 原因となる疾患がない状況で平均肺動脈圧が25mmHg以上の場合,PPHと定義される。しかしながら,ほとんどのPPH患者は有意に高い血圧(例,60mmHg)を示す。血管拡張薬(例,一酸化窒素吸入,エポプロステノール静脈内投与,アデノシン)がしばしば手技中に投与される;これらの薬物に反応して右心系の血圧が低下することは,治療のための薬物選択の助けとなる。生検は,かつては広く行われていたが,罹患率および死亡率が高いため必要とされず,推奨もされていない。

PPHと診断されると,遺伝の可能性(それ以外では健康な親族が若年死したことにより示唆される)を検出するために,患者の家族歴が調査される。家族性PPHでは,疾患のリスク(約20%)について家族にアドバイスし,心エコーによる一連のスクリーニングを勧めるために遺伝子相談が必要となる。家族性PPHにおけるBMPR2遺伝子の突然変異についての検査は,今後役割を果たす可能性がある。

予後

治療を受けなかった患者の生存期間中央値は2.5年である。死亡原因は通常,右心不全に関連する突然死である。エポプロステノールで治療を受けた患者の5年生存率は54%であり,一方,カルシウムチャネル遮断薬に反応した少数の患者の5年生存率は90%を上回っている。不良な生存を予測させる徴候には,低心拍出量,肺動脈および右心房の血圧がより高いこと,血管拡張薬に反応しないこと,心不全,低酸素血症,全体的な身体機能の低下などがある。

治療

続発性肺高血圧: 続発性高血圧の治療には基礎疾患の管理が関係する。慢性血栓塞栓症に続発する重度の肺高血圧の患者には,肺動脈血栓内膜摘出術を行うべきである。人工心肺を用いて,緊急の外科的塞栓摘出術よりも複雑な方法で,形成された内皮血栓を肺動脈幹に沿って摘出する。この術式は,相当な割合の患者において肺高血圧を治癒し,心肺機能を回復させる;手術死亡率は,実績のある施設では10%未満である。

原発性肺高血圧: PPHの治療法は急速に進歩している。経口カルシウムチャネル遮断薬は,約10〜15%の患者において肺動脈圧または肺血管抵抗の減少を維持させるので,最初に投与される薬物である。カルシウムチャネル遮断薬の種類による効果の違いは存在しないが,ほとんどの専門家は心筋収縮性を減少させることを理由にベラパミルの使用を避ける。カルシウムチャネル遮断薬への反応は予後良好の徴候であり,反応する患者に対してはこの治療を継続すべきである。反応しない患者に対しては別の薬物を用いる。

プロスタサイクリン類似体であるエポプロステノールの静脈内投与は,カテーテル挿入中に血管拡張薬に反応しない患者であっても,機能を改善し,生存期間を延長させる。欠点は中心静脈カテーテル注入を持続的に行う必要があること,および重大な有害作用があることで,有害作用には,潮紅,下痢,留置中心静脈カテーテルによる菌血症などがある。吸入(イロプロスト),経口(ベラプロスト),皮下(トレプロスチニル)プロスタサイクリン類似体が代替薬として研究中である。

経口エンドセリン受容体拮抗薬であるボセンタンも一部の患者に有用で,それは一般的に病状が軽く,血管拡張薬に反応しない患者である。経口薬のシルデナフィルおよびl-アルギニンも研究中である。

肺移植は治癒の唯一の望みを提供するが,拒絶反応および感染により高い合併症発生率を有し,また,閉塞性細気管支炎に関連する5年生存率は60%である。肺移植は,ニューヨーク心臓協会(NYHA)のクラス分類Ⅳ(最小限の活動で呼吸困難が生じ,ベッドと椅子に限定された状態に至ることと定義される)の患者で,プロスタサイクリン類似体により治療効果がでていない患者に行う。

多くの患者は利尿薬などで心不全を治療する補助的療法を必要とし,また,血栓塞栓症を予防するためにワルファリン療法を受けるべきである。

最終改訂月 2005年11月

最終更新月 2005年11月

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