激しい持久力および筋力トレーニングを長期にわたり続けると,数多くの生理学的適応が生じる。左室の容量負荷および圧負荷が増大するため,左室の心筋重量,壁厚,および内腔の大きさが時間とともに増大していく。最大一回拍出量および心拍出量が増加し,安静時心拍数の低下と拡張期充満時間の延長につながる。心拍数の低下は主に迷走神経の緊張に起因するが,交感神経緊張の低下や自律神経系以外で内因性の洞結節活性を低下させる他の因子も一端を担っている可能性がある。徐脈により心筋の酸素需要量が減少すると同時に,総ヘモグロビン量と血液量が増大することにより,酸素運搬量が増加する。以上のような変化が生じるものの,収縮機能と拡張機能は正常で維持される。年齢,体格,およびトレーニング量が同じ条件であれば,典型的には男性より女性の方が構造的変化が小さい。
スポーツ心臓の症状と徴候
症状は特にない。徴候は様々であるが,徐脈;左室拍動の側方偏位,拡大,および振幅増大;胸骨左縁下部の収縮期駆出性雑音(血流雑音);拡張期心室充満が早期かつ急速であることによって生じるIII音(S3);拡張期充満時間が延長するために安静時の徐脈時に最もよく聴取されるIV音(S4);血行動態の亢進による頸動脈拍動などがみられる。これらの徴候は,激しい運動に適応するための心臓の構造的変化を反映したものである。
総論の参考文献
Brosnan MJ, Rakit D: Differentiating athlete's heart from cardiomyopathies − The left side.Heart Lung Circ 27(9):1052-1062, 2018.doi: 10.1016/j.hlc.2018.04.297
スポーツ心臓の診断
臨床的評価
通常は心電図検査
ときに心エコー検査
まれに心臓MRI
まれに負荷試験
典型的には,ルーチンのスクリーニング検査や無関係の症状に対する評価の過程で所見が検出される。ほとんどのアスリートには広範な検査は必要ないが,しばしば心電図検査が必要になる。症状から心疾患が示唆される場合(例,動悸,胸痛),心電図検査,心エコー検査,および運動負荷試験を施行する。
スポーツ心臓の診断は除外診断であり,所見は類似するが生命を脅かす疾患(例, 肥大型心筋症 肥大型心筋症 肥大型心筋症は,拡張機能障害を伴うが後負荷の増大(例,大動脈弁狭窄,大動脈縮窄,全身性高血圧などによるもの)を伴わない著明な心室肥大を特徴とする先天性または後天性の疾患である。症状としては,呼吸困難,胸痛,失神などがあり,突然死を来すこともある。閉塞性肥大型心筋症では,典型的には収縮期雑音が聴取され,バルサルバ手技により増強する。診断は心... さらに読む , 拡張型心筋症 拡張型心筋症 拡張型心筋症は,心室拡大と収縮機能障害を主体とする心不全を引き起こす心筋機能障害である。症状としては,呼吸困難,疲労,末梢浮腫などがある。診断は臨床的に行われ,ナトリウム利尿ペプチド高値,胸部X線,心エコー検査,およびMRIによる。治療は原因に対して行う。心不全が進行性かつ重度の場合には,心臓再同期療法,植込み型除細動器,中等度から高度の... さらに読む ,虚血性心疾患,不整脈源性右室異形成症)との鑑別が必要である。心臓MRIは,他の診断法で得られた所見が確定的でない場合に役立つことがある。
心電図検査
調律や心電図波形には多くの変化が発生する可能性があり,これらとトレーニング強度や心血管系機能との相関性は乏しい。最も頻度の高い心電図所見は以下のものである:
洞徐脈
まれに心拍数が40/分未満となる。心拍数低下と同時に,しばしば洞性不整脈がみられる。安静時徐脈は以下の素因となる可能性もある:
心房または心室期外収縮(2連発および群発性の非持続性心室頻拍を含む);期外収縮後の休止期は4秒間を超えない
上室性の移動性ペースメーカー
その他に起こりうる心電図所見としては以下のものがある:
第1度房室ブロック(アスリートの最大3分の1)
第2度房室ブロック(主にI型);この所見は安静時に発生し,運動中は消失する
下側壁外誘導側でのT波変化を伴うQRS増高(左室肥大を反映する)
前側壁の深いT波逆転
不完全右脚ブロック
一方, 第3度房室ブロック 第3度房室ブロック 房室ブロックとは,心房から心室への興奮伝導が部分的または完全に途絶する状態である。最も一般的な原因は,伝導系に生じる特発性の線維化および硬化である。診断は心電図検査による;症状および治療はブロックの程度に依存するが,治療が必要な場合は通常,ペーシングが行われる。 ( 不整脈の概要も参照のこと。)... さらに読む は異常であり,徹底的な検査が必要である。
これらの心電図変化や調律変化は,臨床的な有害事象と関連していないことから,様々な不整脈はアスリートでは異常ではないことが示唆される。不整脈は相対的に短期間のデコンディショニング後に通常は消失または大きく軽減する。
心エコー検査
心エコー検査では,スポーツ心臓を心筋症(スポーツ心臓と心筋症を鑑別する特徴 スポーツ心臓と心筋症を鑑別する特徴 の表を参照)と鑑別することが通常可能であるが,生理的な心拡大と病的な心拡大は連続しているため,必ずしも明確に鑑別できるとは限らない。スポーツ心臓と心筋症では,左室の中隔厚の範囲に重複がみられる:
男性では,13~15mm
女性では,11~13mm
この重複範囲で僧帽弁の収縮期前方運動を認める場合は, 肥大型心筋症 肥大型心筋症 肥大型心筋症は,拡張機能障害を伴うが後負荷の増大(例,大動脈弁狭窄,大動脈縮窄,全身性高血圧などによるもの)を伴わない著明な心室肥大を特徴とする先天性または後天性の疾患である。症状としては,呼吸困難,胸痛,失神などがあり,突然死を来すこともある。閉塞性肥大型心筋症では,典型的には収縮期雑音が聴取され,バルサルバ手技により増強する。診断は心... さらに読む が強く示唆される。また拡張期指標も心筋症では異常値を示すことがあるが,スポーツ心臓では通常は正常である。一般に,心エコー検査での変化は,トレーニング強度や心血管系機能との相関性に乏しい。わずかな僧帽弁逆流および三尖弁逆流がよく検出される。注意すべき点として,スポーツ心臓の患者では身体トレーニングの軽減により心拡大が退縮するが,心筋症患者では退縮しない。
心臓MRI(CMR)
大規模研究での確認が待たれるが,現時点までのデータからは,CMRがスポーツ心臓を心筋症と鑑別することにも役立つ可能性が示唆されている。肥大型心筋症では(1 診断に関する参考文献 スポーツ心臓(athlete’s heart)とは,ほぼ毎日1時間以上トレーニングを行う個人の心臓に生じる一群の構造的および機能的変化である。それらの変化は症状を引き起こさず,徴候として徐脈,収縮期雑音,過剰心音などがみられる。心電図異常がよくみられる。診断は臨床所見または心エコー検査による。治療の必要はない。スポーツ心臓は,重篤な心疾患... さらに読む ),CMRにより心エコー検査では同定されない局所的な肥大が,特に心尖部,前自由壁,および後中隔で同定されることがある。一部の肥大型心筋症患者では,造影剤注入後の遅延造影で中壁線維化の典型的なパターンを認めることがあり,特に最大限の肥大を呈した左室壁の領域でよくみられる。ただし,この所見は肥大型心筋症患者の最大60%で認められない。
CMR上の遅延造影は,非虚血性拡張型心筋症でも明らかであり,拡張型心筋症をスポーツ心臓と鑑別する上で役立つ可能性がある。ただし,この所見は遺伝学的に証明された拡張型心筋症患者の68%で認められない。T1マッピングの手法によってスポーツ心臓とDCMを鑑別できる可能性が示されているが,さらなる研究が必要である。負荷試験で測定される運動耐容量ではスポーツ心臓と拡張型心筋症を鑑別することはできないが,CMR画像で運動時の心収縮予備能の低下を認める所見は,アスリートにおける拡張型心筋症の診断を確定する上で有用となりうる。
負荷試験
運動負荷試験 負荷試験 負荷試験では,心筋酸素需要を増大させた上で心電図検査やしばしば 画像検査により心臓をモニタリングすることにより,梗塞の潜在的リスクがある虚血領域を同定することができる。年齢別の最大予測心拍数の85%(目標心拍数)達成または症状発生のいずれかが起こるまで,心拍数を上昇させる。 負荷試験は以下の目的で施行される:... さらに読む においては,心拍数は最大下負荷では正常より低く,最大負荷では適度に,非アスリートの心拍数と同等まで増加する;運動後は急速に回復する。以下であれば,血圧反応は正常である:
収縮期血圧は上昇する
拡張期血圧は低下する
平均血圧は比較的一定に保たれる
安静時の心電図変化の多くが運動中は減少または消失する;この所見はスポーツ心臓に特有のものであり,病的な状態との鑑別につながる。しかしながら,T波逆転の偽正常化は心筋虚血を反映している可能性があるため,高齢アスリートではさらなる検査が必要である。また,運動負荷試験が正常でも心筋症を除外することはできない。
診断に関する参考文献
1.Czimbalmos C, Csecs I, Toth A, et al: The demanding grey zone: Sport indices by cardiac magnetic resonance imaging differentiate hypertrophic cardiomyopathy from athlete's heart.PLoS ONE 14(2): e0211624.2019.
スポーツ心臓の予後
肉眼的な構造変化は一部の心疾患に類似するが,有害な影響は一見してみられない。ほとんどの場合,脱トレーニングにより構造変化と徐脈は消失するが,エリートアスリートの最大20%では心腔拡大が残存することから,長期データのない現状では,スポーツ心臓が真に良性の状態であるか否かについては疑問が呈されている。
スポーツ心臓の治療
ときに,左室肥大の退縮をモニタリングするためのデコンディショニング期間
治療は必要ないが,左室肥大の退縮をモニタリングするための3カ月間のデコンディショニングが,本症候群を心筋症と鑑別する方法として必要になる場合がある。そのようなデコンディショニングは,アスリートの生活を著しく妨げる可能性があり,抵抗に会うこともある。
スポーツ心臓の要点
激しい身体運動は左室の心筋重量,壁厚,および内腔の大きさを増大させるが,収縮機能と拡張機能は正常に維持される。
安静時心拍数は低く,胸骨左縁下部の収縮期駆出性雑音とIII音(S3)および/またはIV音(S4)が聴取されることがある。
心電図では徐脈および肥大の徴候がみられ,ときに洞不整脈,心房または心室期外収縮,第1度または第2度房室ブロックなどの他の所見が認められる。
スポーツ心臓により生じる構造変化および心電図変化は無症状であり,心血管症状(例,胸痛,呼吸困難,動悸)または第3度房室ブロックが認められる場合は,基礎心疾患の検索を速やかに開始すべきである。