(発汗障害に関する序論 発汗障害に関する序論 汗腺にはアポクリン腺とエクリン腺の2種類がある。 アポクリン腺は腋窩,乳輪,性器部,および肛門部に集簇するほか,修飾されたアポクリン腺が外耳道にみられる。アポクリン腺は思春期に活性化し,その分泌物は脂ぎって粘稠度が高く,嗅覚を介した性的アピールとしての役割をもつと考えられている。最も一般的なアポクリン腺の障害は以下のものである:... さらに読む も参照のこと。)
多汗症の病因
多汗症は局所性の場合と全身性の場合がある。
局所性発汗
情動的な原因で生じるのが一般的であり,不安,興奮,怒り,恐怖を感じた際に手掌,足底,腋窩,および前額部に発汗がみられる。この現象は,ストレスにより全身性に亢進した交感神経活動が原因である場合もある。発汗は運動時や高温環境でもよくみられる。そのような発汗は正常な反応であるが,多汗症患者では過剰な発汗が生じ,また大部分の人々が発汗しない状況でも発汗がみられる。
味覚性発汗は,摂取した飲食物が辛いまたは熱い場合に,口唇および口の周囲に生じる。大半の症例は原因不明であるが,味覚性発汗は糖尿病性神経障害,顔面 帯状疱疹 帯状疱疹 帯状疱疹は,水痘帯状疱疹ウイルスが後根神経節で潜伏状態から再活性化される際に生じる感染症である。症状は通常,侵された皮膚分節に沿った疼痛から始まり,その後小水疱が2~3日以内に生じ,通常はこれが診断の決め手となる。治療は抗ウイルス薬であり,皮膚病変発現後72時間以内に投与するのが理想である。 ( ヘルペスウイルス感染症の概要を参照のこと。) 水痘と帯状疱疹は水痘帯状疱疹ウイルス(ヒトヘルペスウイルス3型)により引き起こされるが,水痘は同... さらに読む ,頸部交感神経節への浸潤,中枢神経系の損傷または疾患,および耳下腺の損傷で増加することがある。耳下腺損傷の例では,手術,感染症,または外傷のために耳下腺の神経支配が破綻した後,耳下腺の副交感神経線維が再生して,損傷が起きた局所皮膚の汗腺を支配する交感神経線維(通常は耳下腺上にある)に入り込む。この病態はFrey症候群と呼ばれる。神経学的異常により非対称性の発汗が生じることがある。
局所性発汗の他の原因としては,脛骨前 粘液水腫 甲状腺機能低下症 甲状腺機能低下症は甲状腺ホルモンの欠乏である。診断は典型的な顔貌,嗄声および言語緩徐,乾燥皮膚などの臨床的特徴,ならびに甲状腺ホルモン低値による。サイロキシン投与などにより管理を行う。 ( 甲状腺機能の概要も参照のこと。) 甲状腺機能低下症は年齢を問わず生じるが,特に高齢者でよくみられ,その場合症状が軽微で認識しにくい可能性がある。甲状腺機能低下症は以下に分類される: 原発性:甲状腺の疾患に起因する... さらに読む (脛部),肥大性骨関節症(手掌),青色ゴム乳首様母斑症候群,グロムス腫瘍(病変上)などがある。代償性発汗は,交感神経切除術後に生じる強い発汗である。
全身性発汗
全身性発汗は,ほぼ全身に生じる。大半の症例は特発性であるが,多くの病態が原因となりうる(全身性発汗の原因 全身性発汗の主な原因 の表を参照)。
多汗症の症状と徴候
しばしば診察時にも発汗がみられ,ときに極度のこともある。衣服がびしょ濡れになることもあり,手掌または足底に浸軟や亀裂が生じることもある。
多汗症は患者にとって精神的ストレスになることがあり,引きこもりにつながる可能性もある。手掌や足底の皮膚が蒼白を呈することがある。
多汗症の診断
病歴と診察
ヨードデンプン試験
原因を同定するための検査
多汗症は原発性のこともあれば,基礎疾患に続発することもある。診断は病歴および診察所見によるが,ヨードデンプン試験により確定診断が可能である。この検査では,まず患部にヨード液を塗布し,乾燥させる。その後,同部位にコーンスターチをふりかけると,発汗部位が暗色になる。この検査は,発汗巣の確認が目的の場合(Frey症候群の場合,もしくは手術または ボツリヌス毒素による治療 治療 が必要な部位を同定する場合)と,治療経過を観察する上で半定量評価を行う場合にのみ必要である。非対称性の発汗パターンは神経学的な原因を示唆する。
多汗症の原因を同定するための臨床検査は,患者にみられる他の症状を参考に選択するが,具体例としては, 白血病 白血病の概要 白血病は,未成熟または異常な白血球の過剰産生が起きることで,最終的に正常な血球の産生が抑制され,血球減少に関連する症状が現れる悪性疾患である。 白血化は,自己複製能が少し制限された造血前駆細胞レベルで生じることもあるが,通常は多能性幹細胞の段階で発生する。異常な増殖,クローン性増殖,異常な分化,およびアポトーシス(プログラム細胞死)の低下... さらに読む を検出するための血算, 糖尿病 糖尿病(DM) 糖尿病はインスリン分泌障害および様々な程度の末梢インスリン抵抗性であり,高血糖をもたらす。初期症状は高血糖に関連し,多飲,過食,多尿,および霧視などがある。晩期合併症には,血管疾患,末梢神経障害,腎症,および易感染性などがある。診断は血漿血糖測定による。治療は食事療法,運動,および血糖値を低下させる薬剤により,薬剤にはインスリン,経口血糖... さらに読む を検出するための血清血糖値測定,甲状腺機能障害をスクリーニングするための甲状腺刺激ホルモンの測定などがある。
多汗症の治療
塩化アルミニウム六水和物溶液
グリコピロニウムの外用
水道水イオントフォレーシス
経口抗コリン薬
A型ボツリヌス毒素
マイクロ波治療機器
手術
局所性発汗と全身性発汗で初期治療は同様である。
無水エチルアルコールに溶解した6~20%塩化アルミニウム六水和物溶液は,腋窩,手掌,および足底の発汗に対する局所療法として適応があるが,この種の製剤には処方が必要である。この溶液は塩類を沈殿させ,その塩類が汗管を閉塞させる。夜間に塗布すると最も効果的となるが,翌朝には洗い落とすべきである。汗で塩化アルミニウムが洗い流されるのを防ぐため,ときに塗布前に抗コリン薬を服用させる。初めのうちは症状をコントロールするのに週数回の塗布が必要となるが,その後は週1~2回の維持スケジュールでフォローする。密封下での治療では刺激が強い場合は,密封せずに試みるべきである。この溶液は炎症,破綻,または湿った皮膚や髭を剃ったばかりの皮膚に塗布してはならない。比較的軽症例では,高濃度の塩化アルミニウム水溶液で十分な症状緩和が得られることがある。
原発性腋窩多汗症の治療には2.4%グリコピロニウム含有の布製ワイプ材が利用可能である(1 治療に関する参考文献 多汗症とは発汗が過剰になった状態であり,局所性とびまん性があり,原因は多岐にわたる。腋窩,手掌,および足底の発汗については,ストレス,運動,または高温環境による正常な反応である場合が大半である;びまん性の発汗については,通常は特発性であるが,該当する所見がみられる患者においては,悪性腫瘍,感染症,または内分泌疾患も疑うべきである。診断は明らかであるが,基礎的な原因を検索する検査が適応となる場合もある。治療法としては,塩化アルミニウムの外... さらに読む )。抗コリン薬の作用に感受性が高い患者では注意すべきである。
水道水イオントフォレーシスとは,電流を用いて塩類のイオンを皮膚に浸透させる方法であり,局所療法で反応が得られない患者に用いられる選択肢である。電極を設置した容器に水道水を満たして患部(典型例では手掌または足底)を浸し,15~25mAの電流を10~20分間流す。この手順を1週間にわたり毎日行い,その後は週1回または月2回の頻度で繰り返す。イオントフォレーシスは,容器中の水に抗コリン薬の錠剤(例,グリコピロニウム)を溶解することで有効性を高められる場合がある。この治療法は通常効果的であるが,手技に時間がかかり,いくぶん煩わしいため,同じ手順を繰り返すことが嫌になる患者もいる。
一部の患者には経口抗コリン薬が有用となりうる。グリコピロニウムまたはオキシブチニンを発汗を抑制するために使用できるが,抗コリン薬の有害作用(口腔乾燥,乾燥皮膚,紅潮,霧視, 尿閉 尿閉 尿閉とは,膀胱を完全に空にすることができないか排尿が途中で停止する状態である。 尿閉には以下のものがある: 急性 慢性 原因としては,膀胱収縮性の障害, 下部尿路閉塞, 排尿筋括約筋協調不全(膀胱収縮と括約筋弛緩の調整の欠如),これらの組合せなどがある。( 排尿の概要も参照のこと。) さらに読む ,散瞳, 不整脈 不整脈の概要 正常な心臓は規則正しく協調的に拍動するが,これは固有の電気的特性を有する筋細胞によって電気パルスが生成・伝達され,それにより一連の組織化された心筋収縮が誘発されることによって生じる。不整脈と伝導障害は,そうした電気パルスの生成,伝導,またはその両方の異常により引き起こされる。 先天的な構造異常(例,房室副伝導路)や機能異常(例,遺伝性のイ... さらに読む など)により制限される可能性がある。
A型ボツリヌス毒素は,エクリン腺を支配する交感神経からのアセチルコリンの放出を減少させる神経毒素である。腋窩,手掌,または前額部にボツリヌス毒素を直接注射すると,用量に応じて発汗が約5カ月間阻害される。ただし,ボツリヌス毒素が米国食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)の承認を受けているのは腋窩多汗症のみであり,その他の部位の多汗症には保険が適用されない可能性があることに留意すべきである。合併症として,局所の筋力低下や頭痛などがある。注射は効果的であるが,疼痛を伴い高価であり,また治療を年に2~3回繰り返さなければならない。
マイクロ波治療機器(例,miraRdry®)は汗腺を加熱し,その後恒久的に破壊する。少なくとも3カ月の間隔をおいた2回の治療が有益となりうる。
保存的治療が不成功に終わった場合は手術の適応となる。腋窩の発汗は,切開切除または脂肪吸引(後者の方が合併症が少ないようである)によって腋窩の汗腺を外科的に除去することで治療できる。手掌の発汗は,胸腔鏡下交感神経切除術により治療できる。手術の合併症が生じる可能性を考慮する必要がある(特に交感神経切除術の場合)。潜在的な合併症として,phantom sweating(発汗がない状態で発汗があるように感じる),代償性多汗症(未治療の部位で発汗が増加する),味覚性発汗,神経痛, ホルネル症候群 ホルネル症候群 ホルネル症候群は,頸部交感神経の出力機能障害により眼瞼下垂,縮瞳,および無汗症が生じる病態である。 ( 自律神経系の概要も参照のこと。) ホルネル症候群は,視床下部から眼球へと走行する頸部交感神経の経路が遮断された場合に発生する。原因病変は原発性(先天性を含む)の場合もあれば,他の疾患に続発したものの場合もある。 通常,病変は以下のように分類される: 中枢性(例,脳幹虚血, 脊髄空洞症, 脳腫瘍) さらに読む などがある。代償性多汗症は,胸腔鏡下交感神経切除術後に最もよくみられ,最大80%の患者で発生し,患者の生活に支障を来すことがあり,当初の症状よりはるかに悪い場合もある。
治療に関する参考文献
1.Glaser DA, Hebert AA, Nast A, et al: Topical glycopyrronium tosylate for the treatment of primary axillary hyperhidrosis: Results from the ATMOS-1 and ATMOS-2 phase 3 randomized controlled trials.J Am Acad Dermatol pii: S0190-9622(18)32224-2, 2018.doi: 10.1016/j.jaad.2018.07.002.
多汗症の要点
非対称的な多汗症は神経学的な原因を示唆する。
びまん性の発汗は通常は正常であるが,症状から示唆される場合は,がん,感染症,および内分泌疾患を考慮する。
臨床所見に基づいた全身的原因を確認するために臨床検査を行う。
塩化アルミニウム溶液,水道水イオントフォレーシス,外用グリコピロニウム,経口グリコピロニウムもしくはオキシブチニン,ボツリヌス毒素,またはマイクロ波治療機器を用いて治療する。
薬剤または機器による治療に反応しない患者では,外科的な選択肢を考慮する;具体的には腋窩の汗腺切除や,手掌の発汗に対する胸腔鏡下交感神経切除術などがあるが,これらには重大な有害作用のリスクがある。