メルクマニュアル18版 日本語版
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甲状腺機能低下症(粘液水腫)

甲状腺機能低下症は甲状腺ホルモンの欠乏である。典型的な顔貌,嗄声および言語緩徐,皮膚乾燥といった臨床特徴ならびに甲状腺ホルモン低値によって診断がつく。処置には基礎にある原因の治療およびサイロキシン投与が含まれる。

甲状腺機能低下症は年齢を問わず生じるが,特に高齢者で一般的である。65歳以上の女性の10%,男性の6%近くに認められる。若年成人での診断は通常は容易であるが,高齢者では軽微であったり非典型的であったりする。

原発性甲状腺機能低下症: 原発性甲状腺機能低下症は甲状腺疾患によるものであり,TSHは増加する。最も一般的な原因は恐らく自己免疫である。通常は橋本甲状腺炎に起因してしばしば固い甲状腺腫を呈するが,疾患経過の晩期には萎縮し線維化した甲状腺が認められ,機能はわずかに残存するか廃絶している。2番目に頻度の高い原因は治療後,特に甲状腺機能亢進症または甲状腺腫に対する放射性ヨード療法や外科手術に続発する甲状腺機能低下症である。プロピルチオウラシル,メチマゾール,およびヨードによる過剰治療中に生じる甲状腺機能低下症は,治療を中止すると軽快する。

橋本甲状腺腫以外の甲状腺腫を有する患者の大半では甲状腺機能は正常または亢進しているが,風土病性甲状腺腫では甲状腺腫を伴う甲状腺機能低下症が起こりうる。ヨード欠乏により甲状腺ホルモン産生が低下する;反応としてTSHが放出され,これによって甲状腺は腫大してヨードを盛んに取り込むようになる;結果的に甲状腺腫が発生する。ヨード欠乏が重度の場合は甲状腺機能が低下するが,米国ではヨード添加食塩の登場以来発生はまれになっている。

ヨード欠乏は小児の風土病性クレチン病を引き起こしうる;風土病性クレチン病は極度のヨード欠乏地域における先天性甲状腺機能低下症の最も一般的な原因であり,世界中の精神遅滞の主要原因である。

まれに,遺伝性酵素欠損が甲状腺ホルモン合成を変化させて甲状腺腫を伴う甲状腺機能低下症を引き起こすことがある(小児における内分泌疾患および代謝疾患: 先天性甲状腺腫を参照 )。

甲状腺機能低下症はリチウム使用中の患者に生じることもあり,これは恐らくリチウムが甲状腺からのホルモン放出を阻害するからである。甲状腺機能低下症はアミオダロンまたはその他のヨード含有薬,およびインターフェロンαを使用中の患者でも生じる場合がある。甲状腺機能低下症は喉頭癌またはホジキンリンパ腫(ホジキン病)に対する放射線療法に起因することもある。放射線療法後に恒久的な甲状腺機能低下症が発現する頻度は高く,(血清TSH測定によって)甲状腺機能を6〜12カ月間隔で評価すべきである。

二次性甲状腺機能低下症: 二次性甲状腺機能低下症は,視床下部が甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)を十分に産生できないときや,下垂体がTSHを十分に産生できないときに生じる。ときに,TRH分泌不足が原因のTSH分泌障害は三次性甲状腺機能低下症と呼ばれる。

症状と徴候

原発性甲状腺機能低下症の症状および徴候はしばしば軽微で潜行性である。症状には,寒冷不耐性,便秘,健忘,人格変化などがある。中等度の体重増加は主に水分貯留および代謝低下の結果である。手足の感覚異常は一般的に認められ,これは手首周囲や足首周囲の靱帯に蛋白性基質が沈着して生じた手根管-足根管症候群がしばしば原因となっている。甲状腺機能低下症の女性は月経過多または二次性の無月経を呈しうる。

顔の表情は鈍く,声はしわがれ,話し方は緩徐になる;ムコ多糖類,ヒアルロン酸,およびコンドロイチン硫酸の浸潤による顔面浮腫や眼窩周囲の腫脹がみられる;アドレナリン刺激の低下によって眼瞼下垂が生じる;体毛は減少して硬く乾燥し,皮膚は粗く乾燥してうろこ状に厚くなる。深部腱反射の弛緩相は延長する。低体温は一般的である。認知症または明らかな精神病(粘液水腫精神異常)が生じることもある。高齢者では,甲状腺機能低下症が認知症またはパーキンソン症候群に類似することがある。

カロチン血症は一般的で,特に手掌や足底に顕著であり,脂質の豊富な表皮層へのカロチン沈着が原因である。舌への蛋白性基質沈着は巨舌症をもたらす。甲状腺ホルモンおよびアドレナリン刺激の両方が減少して徐脈になる。心臓は拡大することがあり,これは心拡張も一因であるが主として心嚢水に原因がある。胸水または腹水が指摘されることもある。心嚢水や胸水は緩徐に発生し,呼吸困難または血液動態異常を来すことはごくまれである。

二次性甲状腺機能低下症はまれであるが,その原因は視床下部-下垂体軸によって調節される他の内分泌器官にしばしば影響を及ぼす。甲状腺機能低下症の女性では,二次性甲状腺機能低下症の指標として,月経過多よりは無月経の既往,および身体診察で本疾患を疑わせるいくつかの相違点が挙げられる。二次性甲状腺機能低下症では,乾燥しているがさほど粗くはない皮膚および毛髪,皮膚の色素脱失,軽微な巨舌症,乳房萎縮,低血圧を特徴とする。また,心臓は小さく,漿液性滲出液は生じない。副腎機能低下症や成長ホルモン欠損症を随伴するので,低血糖は一般的である。

粘液水腫性昏睡は生命を脅かす甲状腺機能低下症の合併症であり,通常は甲状腺機能低下症の経過が長い患者で生じる。その特徴には,極度の低体温を伴う昏睡(24〜32.2°C),反射消失,痙攣発作,CO2貯留を伴う呼吸抑制などが挙げられる。重度の低体温は低温温度計が使用されない限り見逃されることがある。早急に治療しなければ死亡する恐れがあるので,臨床判断,病歴,および身体診察に基づく迅速な診断が必須である。疾病,感染,外傷,中枢抑制作用のある薬物,および寒冷暴露が促進因子である。

診断

血清TSH濃度が最も感度の高い検査である。原発性甲状腺機能低下症では,正常下垂体のフィードバック抑制はなく,血清TSH値は常に上昇している一方で血清遊離T4は低値である。二次性甲状腺機能低下症では,遊離T4および血清TSHは低値である(ときにTSHは基準範囲内であるが生物活性は低下している)。

原発性甲状腺機能低下症患者の多くで循環血中T3値は基準範囲内にあるが,これは恐らく機能の低下した甲状腺に対する持続的なTSH刺激が原因で,生物学的に活性のあるT3ホルモンの優先的な合成,分泌がもたらされる。したがって,血清T3の甲状腺機能低下症に対する感度は低い。

貧血がしばしばみられ,通常は正球性正色素性で原因不明であるが,月経過多により低色素性となる場合もあり,ときには付随する悪性貧血すなわち葉酸吸収減少によって大球性を呈することもある。貧血が重症化することはまれである(ヘモグロビン>9g/dL)。低代謝状態が是正されるにつれて貧血は消退するが,ときに6〜9カ月を要する。

血清コレステロールは原発性甲状腺機能低下症では通常高値であるが,二次性甲状腺機能低下症ではそれは少ない。

原発性および二次性の甲状腺機能低下症に加えて,血清サイロキシン結合グロブリン(TBG)の欠乏,いくつかの薬物(甲状腺疾患: 原発性甲状腺機能低下症を参照 ),およびeuthyroid sick症候群(甲状腺疾患: 橋本甲状腺炎を参照 )など他の病態も総T4濃度を減少させることがある。

治療

種々の甲状腺ホルモン製剤が補充療法に利用でき,この中には合成T4(L-サイロキシン)製剤,T3製剤(リオサイロニン),この2種の合成ホルモンの合剤,および動物の乾燥甲状腺抽出物製剤などがある。L-サイロキシンが好んで用いられており,平均維持用量は75〜125μg,1日1回経口投与である(小児の用量については小児における内分泌疾患および代謝疾患: 乳児期および幼児期の甲状腺機能低下症を参照 )。治療は低用量から,特に高齢者では通常25μg,1日1回から開始する。用量は維持量に達するまで6週間毎に調整する。維持量は,高齢者では減量,妊婦では増量が必要になる可能性がある。T4の吸収を低下させたり,胆汁への排出を増加させる薬物が同時に投与されている場合も,用量を増加する必要が生じることがある。用量は血清TSH濃度を基準範囲の中等度まで回復する最少量にすべきである(ただし,この基準を二次性甲状腺機能低下症患者に用いることはできない)。

リオサイロニンは,半減期が短く血清T3濃度に大きなピークを形成するので長期の補充療法に単独で用いるべきではない。ほぼ完全に吸収されるので,標準補充量(25〜37.5μg,1日2回)の投与で血清T3濃度は投与後4時間以内に300〜1000ng/dL(4.62〜15.4nmol/L)まで急速に上昇する;この濃度は24時間以内には基準範囲まで戻る。さらに,リオサイロニンを投与されている患者は1日に少なくとも数時間は化学的な甲状腺機能亢進状態にあり,心疾患のリスクが増加する可能性がある。

同様の血清T3パターンがT3およびT4の合剤を経口摂取したときにもみられるが,投与されるT3が少ないのでT3の最大値は低下する。合成T4製剤による補充療法は,血清T3の様々な反応パターンを反映する。血清T3の増加は緩徐に生じ,十分量のT4が投与されると基準範囲内の濃度が維持される。動物の乾燥甲状腺製剤は,様々な量のT3およびT4を含有し,患者がこのような製剤で安定しているのでない限り処方すべきではない。

L-サイロキシンは副腎クリーゼを引き起こす恐れがあるので,十分なコルチゾル分泌の証拠が得られる(またはコルチゾル療法が行われる)までは二次性甲状腺機能低下症患者にL-サイロキシンを投与すべきではない。

粘液水腫昏睡は,初期用量として大量のT4(300〜500μg静注),またはT3(25〜50μg静注)を用いて治療する。T4が経口投与できるようになるまでのT4の維持量は75〜100μg,1日1回静注,T3の維持量は10〜20μg,1日2回静注である。中枢性甲状腺機能低下症の可能性を通常は初めに除外できないので,コルチコステロイドも投与される。患者を急激に温めるべきではなく,これにより低血圧や不整脈を引き起こす恐れがある。低酸素血症は一般的なので,Pao 2 を監視すべきである。換気が十分でないときには,機械的人工換気による支援が至急必要となる。促進因子は迅速かつ適切に治療すべきであり,甲状腺機能低下症患者は水分を適切に排泄しないので補液は注意深く行う。最後に,健常者よりも薬物が緩徐に代謝されるので,薬物は全て慎重に投与すべきである。

無症候性甲状腺機能低下症

無症候性甲状腺機能低下症は,甲状腺機能低下症の症状が欠如しているかわずかにみられる患者で,血清TSH濃度が上昇し血清遊離T4濃度が基準範囲内にある状態である。

無症候性の甲状腺機能不全は比較的一般的であり,高齢女性,特に橋本甲状腺炎が基礎にある高齢女性の15%近くに生じる。

血清TSHが10mU/Lを上回る患者は,次の10年の間に血清遊離T4低値を示す顕性甲状腺機能低下症に進行する可能性が高い。これらの患者は高コレステロール血症および動脈硬化を呈する可能性も高い。無症候である場合もL-サイロキシンで治療を行うべきである。TSH濃度が4.5〜10mU/Lの患者では,初期甲状腺機能低下症の症状(例,倦怠感,抑うつ)が認められる場合にはL-サイロキシンの使用が妥当である。L-サイロキシン療法は妊娠女性および妊娠を計画している女性にも適応であるが,これは妊娠および胎児の発育に甲状腺機能低下症が及ぼす悪影響を回避するためである。未治療患者では血清TSHおよび遊離T4を1年毎に測定して,疾患の進行を評価すべきである。

最終改訂月 2005年11月

最終更新月 2005年11月

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