ときに結核菌以外の抗酸菌がヒトに感染することがある。それらの菌(非結核性抗酸菌と呼ばれる)は一般的に土壌中や水中に存在し,ヒトにおいては結核菌(Mycobacterium tuberculosis)よりもはるかに病原性が低い。これらの菌による感染症は,非定型環境性非結核性抗酸菌感染症と呼ばれてきた。
これらの菌に曝露して感染しても疾患の発症につがなることはほとんどなく,疾患の発生には通常局所または全身性の宿主防御機構の障害が必要であり,フレイルな高齢者と易感染者が最もリスクが高い。M. avium complex(MAC),すなわちM. aviumおよびM. intracellulareの近縁種がこれらの疾患の大半の原因となっている。その他の原因菌種は,M. kansasii,M. xenopi,M. marinum,M. ulcerans,M. fortuitum,M. abscessus,およびM. chelonaeである。ヒトからヒトへの感染の記録はない。
肺は最も一般的な疾患部位である;これらの肺感染症の多くはMACが関与しているが,M. kansasii,M. xenopi,またはM. abscessusに起因することもある。ときとしてリンパ節,骨および関節,皮膚,ならびに創傷が侵される症例もある。しかしながら,播種性MAC感染症の発生率は,HIV感染患者において増加しており,抗結核薬に対する耐性がよく認められる(M. kansasiiおよびM. xenopiを除く)。
非結核性抗酸菌感染症の診断は,典型的には検体の抗酸菌染色および培養によって行う。
非結核性抗酸菌感染症は,特にその分野の専門知識をもつ専門医が管理するのが最善である。The American Thoracic Societyは,これらの治療困難な感染症の診断と管理に関する最新の診断および治療ガイドラインを発行している。
肺疾患
典型的な患者は,気管支拡張症,脊柱側弯症,漏斗胸,または僧帽弁逸脱症を有するが,肺に既知の基礎的異常がない中年または高齢の女性である。MACはまた, 慢性気管支炎 慢性閉塞性肺疾患(COPD) , 肺気腫 慢性閉塞性肺疾患(COPD) ,治癒した結核, 気管支拡張症 気管支拡張症 気管支拡張症とは,慢性の感染および炎症によって引き起こされる太い気管支の拡張および破壊である。一般的な原因は嚢胞性線維症,免疫異常,および反復性の感染であるが,一部の症例は特発性とみられる。症状は慢性咳嗽および膿性痰の喀出であり,一部の患者では発熱および呼吸困難も伴う。診断は病歴および画像検査に基づき,通常は高分解能CTを必要とするが,通... さらに読む ,または 珪肺症 珪肺症 珪肺症は遊離結晶性シリカの塵の吸入により起こり,結節性の肺の線維化を特徴とする。慢性珪肺症は初期には無症状または軽い呼吸困難のみであるが,長年をかけて進行して肺の大部分を侵し,呼吸困難,低酸素血症,肺高血圧症,および呼吸器障害を引き起こすことがある。診断は病歴および胸部X線所見に基づく。効果的な治療は支持療法以外にはなく,重症例では肺移植のみである。 ( 環境性肺疾患の概要も参照のこと。)... さらに読む など,以前から肺に問題のある中年または高齢の白人男性に肺疾患を引き起こす。MACが気管支拡張症を引き起こすのか気管支拡張症がMAC感染をもたらすのかは必ずしも明らかではない。慢性乾性咳嗽のある高齢のやせた女性では,この症候群はしばしばLady Windermere症候群と呼ばれ,理由は不明であるが発生率が上昇しているようである。
咳嗽と喀痰がよくみられ,しばしば疲労,体重減少,および微熱を伴う。経過は緩徐進行性のこともあれば,長期間安定性のこともある。呼吸機能不全および持続的喀血が発生することがある。胸部X線での線維結節性浸潤像は肺結核のそれと類似するが,空洞の壁が薄い傾向があり,胸水はまれである。胸部CTで認められるいわゆる木の芽様陰影(tree-in-bud appearance)もMAC感染症の特徴である。
MAC感染症を診断し,MAC感染症と結核とを鑑別するために,喀痰検査および培養が行われる。
薬剤感受性の判定は,菌種と薬剤の組合せによっては参考となりうるが,高度な専門検査室でしか施行できない。MACについては,クラリスロマイシンに対する感受性が治療反応の予測因子となる。
喀痰の塗抹および培養がともに陽性となるMACによる中等症の症候性感染症に対しては,クラリスロマイシン500mg,経口,1日2回またはアジスロマイシン600mg,経口,1日1回,リファンピシン(RIF)600mg,経口,1日1回,およびエタンブトール(EMB)15~25mg/kg,経口,1日1回を12~18カ月間,または培養が12カ月間にわたり陰性になるまで使用すべきである。
標準薬剤に不応性の進行性症例においては,クラリスロマイシン500mg,経口,1日2回かアジスロマイシン600mg,経口,1日1回のどちらか,リファブチン300mg,経口,1日1回,シプロフロキサシン250~500mg,経口または静注,1日2回,クロファジミン100~200mg,経口,1日1回,およびアミカシン10~15mg/kg,静注,1日1回を含む4~6剤の併用を試みてもよい。
極めて限局した疾患があり,それ以外は健康な若年患者における例外的な症例においては,外科的切除が推奨される。
M. kansasiiおよびM. xenopi感染症は,イソニアジド,リファブチン,およびEMBを場合によりストレプトマイシンまたはクラリスロマイシンとの併用で18~24カ月間投与する治療法に反応する。M. abscessus感染症は3剤(アミカシン,セフォキシチンまたはイミペネム,および経口マクロライド系薬剤)で治療する。
非結核性抗酸菌は全てピラジナミドに耐性である。
リンパ節炎
1~5歳の小児では,慢性の下顎および顎下頸部リンパ節炎は一般的にMACまたはM. scrofulaceumに起因する。おそらく土壌菌の経口摂取により感染する。
診断は通常,切除生検による。
通常,治療は切除で十分であり,化学療法は必要ない。
皮膚疾患
プール肉芽腫は,長期化するが自然に軽快する表在性肉芽腫性潰瘍性疾患であり,通常は汚染されたプールでの水泳,または家庭の水槽の清掃により感染するM. marinumが原因である。ときにM. ulceransおよびM. kansasiiが関与する。病変,すなわち赤みを帯びた腫瘤が腫大して紫色に変色していくが,上肢または膝に発生することが最も多い。自然に治癒することもあるが,ミノサイクリンまたはドキシサイクリン100~200mg,経口,1日1回,クラリスロマイシン,500mg,経口,1日2回,またはRIFに加えてEMBの併用で3~6カ月がM. marinumに対して奏効している。
M. ulceransが原因のBuruli潰瘍は,30を超える熱帯および亜熱帯諸国の農村地域で発生しているが,ほとんどの症例が西アフリカと中央アフリカで発生している。それは,下肢,腕,または顔面の無痛性皮下結節,大きな無痛性硬結領域,またはびまん性無痛性腫脹として始まる。感染症は皮膚および軟部組織の広範な破壊へと進展し,脚や腕に大きな潰瘍を生じることがある。治癒しても重度の拘縮,瘢痕,および変形が残る。診断にはPCRを使用すべきである。WHOは,リファンピシン10mg/kg,経口に加えて,ストレプトマイシン15mg/kg,筋注,クラリスロマイシン7.5mg/kg,経口(妊娠中は望ましい),またはモキシフロキサシン400mg,経口のいずれか1つを併用する1日1回8週間の治療法を推奨している。
創傷感染症と異物感染症
非結核性抗酸菌はバイオフィルムを形成し,住宅,オフィス,医療施設の水道設備内で生き延びることができる。一般的な除染方法(例,塩素,有機水銀,またはアルカリ性グルタルアルデヒドの使用)では根絶が困難である。
急速に増殖する非結核性抗酸菌(M. fortuitum complex,M. chelonae,M. abscessus complex)は,院内アウトブレイクを引き起こす可能性があり,これは通常,汚染された溶液の注射,非滅菌水による創傷の汚染,汚染された器具の使用,または汚染されたデバイスの埋め込みが原因で起こる。これらの感染症は,美容処置,鍼治療,または刺青の後にも発生することがある。M. fortuitumcomplexが,眼および皮膚(特に足),刺青,ならびに汚染材料(例,ブタ心臓弁,人工乳房,骨ろう)を施されている患者において,重篤な穿通創感染症を引き起こしている。
米国では,ジョージア州(2015年)およびカリフォルニア州(2016年)でM. abscessus感染症のアウトブレイクが発生した。これらのアウトブレイクは,小児に対する根管治療の際に歯髄腔の洗浄にM. abscessusのバイオフィルムで汚染された水が使用されたことで発生し,結果として重度の感染症が生じた。
治療には通常,広範囲のデブリドマンおよび異物の除去が必要である。有用な薬剤としては以下のものがある:
イミペネム1g,静注,6時間毎
レボフロキサシン500mg,静注または経口,1日1回
クラリスロマイシン500mg,経口,1日2回
トリメトプリム/スルファメトキサゾール,2倍量の錠剤を1錠,経口,1日2回
ドキシサイクリン100~200mg,経口,1日1回
セフォキシチン2g,静注,6~8時間毎
アミカシン10~15mg/kg,静注,1日1回
in vitro活性を有する少なくとも2剤の併用療法が推奨される。治療期間は平均24カ月であるが,感染した異物が体内に残っている場合には,より長期に及ぶことがある。最初の3~6カ月の治療には通常,アミカシンが含められる。M. abscessusおよびM. chelonaeに起因する感染症は,通常ほとんどの抗菌薬に耐性で,治癒は極めて困難または不可能であることが立証されており,経験豊富な専門医に紹介するべきである。
播種性疾患
MACは,一般的には進行したAIDS患者や,ときに臓器移植や有毛細胞白血病など他の易感染状態の患者において,播種性疾患を引き起こす。AIDS患者においては,MACの播種性疾患は通常後期に生じ(早期に起こる結核とは異なる),他の日和見感染症と同時に発生する。
播種性MAC感染症は発熱,貧血,血小板減少,下痢,および腹痛を引き起こす(Whipple病に類似する)。
播種性MAC感染症の診断は,血液または骨髄の培養または生検(例,肝臓または壊死したリンパ節の経皮的穿刺吸引生検)によって確定できる。便および呼吸器検体中で菌を認めることもあるが,これらの検体由来の菌は真の感染症ではなく単なる定着を意味する場合がある。
菌血症を解消し症状を和らげるための併用療法には通常2または3剤必要であり,その1つがクラリスロマイシン500mg,経口,1日2回,またはアジスロマイシン600mg,経口,1日1回に加えてEMB15~25mg/kg,1日1回である。ときにリファブチン300mgも1日1回投与される。治療に成功した後,再発を予防するためにクラリスロマイシンまたはアジスロマイシンに加えてEMBによる長期抑制が必要である。
MACによる播種性感染症の症状が現れる前に診断がつかなかったHIV感染患者は, 免疫再構築症候群 免疫再構築症候群(IRIS) ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症は,2つの類似したレトロウイルス(HIV-1およびHIV-2)のいずれかにより生じ,これらのウイルスはCD4陽性リンパ球を破壊し,細胞性免疫を障害することで,特定の感染症および悪性腫瘍のリスクを高める。初回感染時には,非特異的な熱性疾患を引き起こすことがある。その後に症候(免疫不全に関連するもの)が現れ... さらに読む (IRIS)の発生リスクを低減するため,抗レトロウイルス療法を開始する前に2週間の抗抗酸菌治療を受けるべきである。
CD4陽性細胞数が100/µL未満のHIV感染患者では,アジスロマイシン1.2g,経口,週1回またはクラリスロマイシン500mg,経口,1日2回によってMACの播種性感染症を予防する必要がある。
より詳細な情報
The American Thoracic Society: An Official ATS/IDSA Statement: Diagnosis, Treatment, and Prevention of Nontuberculous Mycobacterial Diseases