メルクマニュアル18版 日本語版
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はじめに

薬物使用者の中には,大量の薬物を長期間頻用したために依存に陥る人々がいる。薬物依存を一言で定義するのは難しい。薬物依存の定義づけに有用な概念として,耐性と心理的および身体的依存がある。

耐性は,最初は低用量で得られていた効果を得るために,徐々に投与量を増やさなければならなくなることをいう。

心理的依存には,満足感,および薬物体験を繰り返したいという欲求,またはそれを摂取できないことによる不満を避けようとする欲求が含まれる。こうした効果を予期することは,精神作用薬の長期使用における強力な要因であり,一部の薬物では,強い渇望や強迫的使用に関連する唯一の明らかな要因であると考えられる。薬物使用への渇望および強迫性は,使用開始時に意図していたよりも大量の薬物使用または長期の使用につながる。心理的依存は,薬物使用により引き起こされるか悪化する可能性の高い身体的または精神的問題があると分かっているにもかかわらず薬物を使用し,また持続的に使用したために起こる,社会的・職業的活動や娯楽活動の放棄をいう。心理的依存をもたらす薬物はしばしば,次の作用のうち1つ以上を有する:不安および緊張の抑制;高揚感,多幸感,その他使用する者にとって心地よい気分変化;精神的および身体的能力の増大感;知覚変化;行動変化。主に心理的依存を引き起こす薬物には,マリファナ,アンフェタミン,3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA),およびリゼルグ酸ジエチルアミド(LSD),メスカリン,サイロシビンのような幻覚薬がある。

身体的依存は離脱(禁断)症候群という形で現れ,薬物を中止した場合,または特異的拮抗薬によって細胞受容体上の結合部位から作動薬が置換され,その作用が打ち消される場合に,不都合な身体的変化が生じるものである。強い身体的依存を引き起こす薬物には,ヘロイン,アルコール,およびコカインがある。

嗜癖は,普遍的に認められた一貫した定義のない概念だが,本章では,薬物入手に費やす時間や使用時間,その影響から回復するのに要する時間の増大など,薬物の強迫的使用や抗しがたい影響力のことをいう;嗜癖は,身体的依存がないときにも生じることがある。嗜癖者が理解し認めていようがいまいが,嗜癖は害がおこるリスクがあること,および薬物使用をやめる必要性があることを含意している。

薬物乱用は,社会的不承認という点からのみ定義可能である。薬物乱用には,薬物の実験的および娯楽的使用(通常は違法);問題や症状を軽減するための精神作用薬の不認可使用あるいは違法使用;または,当初は上述の2つの理由により薬物を使用していたものの,その後依存のために,また少なくとも部分的には離脱予防のために使用を継続しなければならない場合の使用がある。違法薬物の使用は,単にそれが違法であるという理由で乱用とみなされるが,常に依存を生じるわけではない。逆に,アルコールのような合法的物質が依存および乱用を生じることがある。処方薬および違法薬の乱用はあらゆる社会経済層にみられ,高学歴者や専門的地位にある人々にも起こる。

娯楽的薬物使用は次第に西洋文化の一部となりつつあるが,一般に,社会による是認は得られていない。一部の使用者にとっては一見害はなく,彼らは比較的少量の薬物を一時的に使用する傾向があり,臨床毒性および耐性や身体的依存が生じることはない。多くの娯楽薬(例,未精製アヘン,アルコール,マリファナ,カフェイン,幻覚誘発キノコ,コカ葉)は“天然”,すなわち由来植物に近いものであり,比較的低濃度の精神作用化合物の混合物を含有し,単離された精神作用化学物質ではない。娯楽薬は経口または吸入使用されることが最も多い。これらの薬物を注射する場合には,望む効果と望まない効果の予測とコントロールが難しくなる。娯楽的使用にはしばしば一連のルールに則った儀式化が伴い,単独で使用されることはほとんどない。このように使用される薬物の大半は,精神的苦痛を軽減するためでなく,むしろ意識を“高揚”または変容させるために作られた精神刺激薬または幻覚薬である;抑制効果のある薬物は,このようにコントロールして用いることは難しい。

中毒とは,可逆性の精神的・行動的変化を示す物質特異的な症候群の発現を指し,認知障害,判断力低下,身体的および社会的機能の低下,情緒不安定,好戦性などがみられる。

米国では,1970年の包括的薬物乱用防止・管理法とその後の改正により,この種の薬物の一部について身体的安全と厳密な記録管理の保持を製薬業界に義務づけている。規制対象物質は,乱用の潜在的可能性,承認された医学的用途,そして医学的管理下での安全性に基づいて5つの細目(またはクラス)に分けられる。細目Ⅰの物質は乱用の可能性が高く,医学的使用が認められておらず,安全性も認められていないものである。細目Ⅴの物質は最も乱用の可能性が低い。この細目分類により物質の管理方法が決定する。細目Ⅰの薬物は政府の認可した研究条件下でのみ使用可能である。細目Ⅱ〜Ⅳの薬物の処方箋には,医師の連邦麻薬取締局(DEA)による免許番号を明記する必要がある。細目Ⅴの一部の薬物には処方箋の必要がない。州の細目は連邦の細目とは異なることがある。

薬物依存の原因

一般的に用いられる精神作用薬では,依存性を生じる可能性は薬により異なる。薬物依存の発現様式は,複雑でまだ明らかでない。その過程は,精神作用薬の性質,使用者の素因的な身体的特徴(遺伝的素因を含むと考えられる),人格,社会経済的階層,さらに文化的・社会的背景の影響を受ける。使用者の心理状態や薬物の入手可能性とが,精神作用薬の選択と,少なくとも初期の使用パターンおよび頻度を規定する。

試しに使ってみる段階からときおり使用する段階へ,その後依存へと進行する過程は部分的にしか解明されていない。使用の増大および依存または嗜癖につながる要因には,仲間またはグループの圧力,特異的薬物作用によりもたらされる情緒的苦痛の症状軽減,悲しみ,社会的疎外,および環境ストレス(特に,変化や目標達成をめぐる無力感を伴う場合)などが考えられる。医師は,ストレスを抱える患者に熱心に薬物を処方するあまり,うかつにも精神作用薬の有害な使用に加担し,巧みな患者のえじきになることがある。多くの社会的要因やマスメディアにより,薬物を使えば安全に苦しみが軽減され,あるいは欲求を満たせるという期待が助長されている。簡単に言えば,薬物使用の転帰は薬物,使用者,そして環境の相互作用に依存する。

嗜癖または依存が現れた人々とそうでない人々の生化学的,薬物素因的,身体的反応性の差は,精力的な研究が行われているにもかかわらずほとんど存在しない。しかしながら,例外も存在する;アルコール症患者の親族のうちアルコール症でない者は,アルコールに対する身体的反応が少ない。彼らは耐性が高いため,望む効果を得るためには人より大量に飲む必要がある。

強化(より多くの薬物や他の刺激を求める傾向)の神経基質が,動物モデルにおいて同定されている。これらの研究では,オピオイド,コカイン,アンフェタミン,ニコチン,そしてベンゾジアゼピン(抗不安薬)などの薬物の自己投与と,中脳および皮質の特定の回路におけるドパミン作動性伝達の増大との間に関連性がみられる。この所見は,哺乳類の脳にドパミンが関与する報酬経路が存在することを示唆している。しかしながら,幻覚薬やカンナビノイドがこの系を活性化することを示す証拠は十分でないうえ,これらの“報酬”を経験する誰もが依存または嗜癖になるわけでもない。

嗜癖性人格は行動科学者によって様々に記述されているが,この主張を裏づける科学的証拠はほとんどない。専門家の中には,嗜癖者を逃避者,すなわち現実に直面することができず,逃げ出す人々として説明する人もいる。他の専門家は嗜癖者を,臆病,対人的引きこもり,抑うつ感,頻回の自殺企図や多くの自傷の病歴といった統合失調質の特性を有する人々として説明する。また嗜癖者は依存的であり,人間関係にしがみついており,明白な無意識の怒りと性的未成熟をしばしば示すとも評される。しかしながら,一般に人は薬物依存を発症する前には,通常嗜癖者に特徴的にみられる逸脱した快楽志向的な無責任行動は示さない。臨床医,患者,文化はしばしば,問題のある生活または生活上の出来事という流れの中で薬物乱用を捉え,嗜癖者の心理的特徴を問題視するのではなく,専ら薬物だけに非難の目を向ける。ときに嗜癖者は,危機的状況,仕事のプレッシャー,または家庭崩壊により一時的にもたらされる不安または抑うつを軽減するための方法として,薬物使用を正当化することがある。大半の嗜癖者は他の薬物とともにアルコールを乱用し,過量摂取,有害反応,または離脱の問題のために入退院を繰り返してきたという場合がある。

最終改訂月 2005年11月

最終更新月 2005年11月

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