(末梢神経系疾患の概要 末梢神経系疾患の概要 末梢神経系とは,神経系のうち脳と脊髄を除いた部分を指す。脳神経および脊髄神経の起始から末端までを含む。前角細胞は,厳密には中枢神経系の一部であるが,運動単位の構成要素であることから,ときに末梢神経系とともに議論される。 運動ニューロンに機能障害が起きると,筋力低下または麻痺が生じる。感覚ニューロンに機能障害が起きると,感覚異常または感覚消... さらに読む も参照のこと。)
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,最も頻度の高い運動ニューロン疾患(MND)である。MNDは末梢神経系だけでなく中枢神経系も侵すことがある。病因は通常不明である。最も強く障害される運動系の部位に応じて病名がつけられ,症状もそれに応じて異なる。
類似の特徴を有する ミオパチー 先天性ミオパチー 先天性ミオパチーは,出生時に顕在していることがある数多くの異なる神経筋疾患に適用される用語であるが,出生時または新生児期において筋緊張低下および筋力低下,さらに一部の症例ではその後の小児期において運動発達遅滞を引き起こす,まれな遺伝性かつ原発性の筋疾患の一群のみを指すのが通常である。 先天性ミオパチーは筋緊張低下および筋力低下を臨床的特徴とする一群の遺伝性筋疾患で,通常は出生時から認められ,進行がみられないか緩徐に進行する臨床経過をたど... さらに読む は,筋膜,収縮器官,または細胞内小器官の疾患である。
MNDは上位と下位に分類できる;一部の疾患(例,ALS)は両方の特徴を有している。MNDは男性により多く,50代に最もよくみられる。
症状と徴候
上位MND(例,原発性側索硬化症)は,脳幹(皮質延髄路)または脊髄(皮質脊髄路)に分布する運動皮質のニューロンを侵す。一般に症状としては,硬直,巧緻運動障害,および運動のぎこちなさがみられ,通常は最初に口,喉,またはその両方を侵し,続いて四肢へと広がっていく。
下位MNDは,前角細胞または脳神経運動核あるいは骨格筋へと伸びるそれらの遠心性線維の軸索を侵す。球麻痺では,脳幹にある脳神経運動核(延髄核)のみが侵される。通常,患者は顔面の筋力低下,嚥下困難,および構音障害を訴えて受診する。 脊髄性筋萎縮症 脊髄性筋萎縮症(SMA) 脊髄性筋萎縮症には,脊髄前角細胞および脳幹運動核の進行性変性による骨格筋萎縮を特徴とする,いくつかの病型の遺伝性疾患が含まれる。臨床症候は乳児期または小児期から始まる。臨床像は病型によって異なり,筋緊張低下,反射低下,吸啜・嚥下・呼吸困難,発達遅滞などがみられ,重症型では生後まもなく死亡することもある。診断は遺伝子検査による。治療は支持療法による。 脊髄性筋萎縮症は通常,5番染色体短腕にある単一遺伝子座の常染色体劣性変異によるホモ接合性... さらに読む のように(脳神経ではなく)脊髄神経の前角細胞が侵された場合,通常みられる症状としては,筋力低下,筋萎縮,線維束性収縮(肉眼で分かる筋攣縮),筋痙攣などがあり,これらはまず手,足,または舌に現れる。前角細胞を攻撃するエンテロウイルス感染症である ポリオ ポリオ ポリオは,ポリオウイルス(エンテロウイルスの一種)によって引き起こされる急性感染症である。臨床像としては,非特異的な軽症疾患(不全型ポリオ),ときに麻痺のない無菌性髄膜炎(非麻痺型ポリオ),より頻度は低いが様々な筋群の弛緩性脱力(麻痺型ポリオ)がある。診断は臨床的に行うが,臨床検査による診断も可能である。治療は支持療法による。 ポリオウイルスには3つの血清型がある。1型は最も麻痺を起こしやすく,流行の原因となることが最も多かった。ヒトが... さらに読む ,および ポリオ後症候群 ポリオ後症候群 ポリオ後症候群(postpoliomyelitis syndrome)は,麻痺型ポリオの数年後または数十年後に発生する一群の症状であり,通常は初感染時と同じ筋群に影響が生じる。 麻痺型ポリオの既往がある患者では,数年後ないし数十年後に筋疲労と筋持久力低下が生じることがあり,しばしば筋力低下,線維束性収縮,および萎縮を伴い,特に高齢患者と当初重症であった患者で多くみられる。通常は,以前侵された筋群に異常が生じる。ただし,ポリオ後症候群によ... さらに読む も下位MNDである。
身体所見は,上位MNDと下位MNDの鑑別(上位運動ニューロン病変と下位運動ニューロン病変の識別 上位運動ニューロン病変と下位運動ニューロン病変の識別 の表を参照)および下位MNDによる筋力低下とミオパチーによる筋力低下の鑑別(筋力低下の原因の鑑別:下位運動ニューロンの機能障害とミオパチー 筋力低下の原因の鑑別:下位運動ニューロンの機能障害とミオパチー* の表を参照)に役立つ。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
ほとんどのALS患者は,手(最も多い)または足の痙攣,筋力低下,および筋萎縮から成るランダムな非対称性の症状を訴えて受診する。筋力低下は,前腕,肩,および下肢に進行する。程なくして線維束性収縮,痙縮,深部腱反射亢進,伸展性足底反応,巧緻運動障害,硬直した動き,体重減少,疲労,ならびに顔の表情および舌の動きの制御困難が生じる。
その他の症状としては,嗄声,嚥下困難,言語不明瞭などがあり,嚥下が困難になるために,唾液が増加するようであり,患者は液体でむせやすくなる。
疾患の後期には,情動調節障害(pseudobulbar affect)が生じ,不適切で不随意かつ制御不能の過剰な笑いや号泣がみられる。感覚系,意識,認知,自発的眼球運動,性機能,ならびに尿道および肛門括約筋は通常保たれる。
死因は通常呼吸筋不全であり,50%の患者が発症後3年以内に死亡し,5年生存率は20%,10年生存率は10%である。30年以上の生存はまれである。
進行性球麻痺
脳神経に支配される球筋が主に侵されるが,これは球筋を支配する運動ニューロンが進行性に変性することに起因する。この疾患は,進行性の咀嚼,嚥下,および発話困難;鼻声;咽頭反射の減弱;顔面筋および舌の線維束性収縮や動きの減弱;ならびに口蓋運動の減弱を引き起こす。誤嚥のリスクがある。
この疾患に対応する上位運動ニューロン疾患は進行性偽性球麻痺である。この疾患は,皮質延髄路(下降して延髄の下位運動ニューロンに至る)を侵すものの,脳幹の下位運動ニューロンは侵されないため,上位運動ニューロン性の球筋の筋力低下が生じる。このため偽性球麻痺と呼ばれる。発話は痙性であり,患者は音節の素早い繰返し(カカカ,タタタ,ラララ,バババ)ができず,咽頭反射および下顎反射が亢進する。情緒不安定を伴う情動調節障害が生じることもある。
一般に,進行性球麻痺は進展し,球外部にも障害を及ぼす;そのような場合は,球型ALSと呼ばれる。
嚥下困難がある患者の予後は極めて不良であり,誤嚥による呼吸器系合併症はしばしば1~3年以内に死亡につながる。
進行性筋萎縮症
原発性側索硬化症
原発性側索硬化症では,進行性の上肢および下肢の筋硬直が生じ,診察で痙縮および反射亢進を認める。これは上位運動ニューロン障害が優位な疾患であり,線維束性収縮および筋萎縮は非典型的である。
誤嚥および肺炎のリスクは低いため,生存期間は長く,完全な身体機能不全に至るには数年を要する。
診断
電気診断検査
脳MRIおよび(脳神経病変がなければ)頸髄MRI
その他の,治療可能な原因を確認するための臨床検査
運動ニューロン疾患の診断は,有意な感覚異常を伴わない進行性かつ全身性の筋力低下により示唆される。
鑑別診断
純粋な筋力低下の原因であるその他の疾患を除外すべきである:
様々なミオパチー(非炎症性および薬剤性を含む)
甲状腺疾患 甲状腺機能の概要 甲状腺は前頸部の輪状軟骨直下に位置し,峡部で連結された2つの葉から成る。甲状腺濾胞細胞は,主に以下の2種類の甲状腺ホルモンを産生する: テトラヨードサイロニン(サイロキシン,T4) トリヨードサイロニン(T3) これらのホルモンは,核内受容体に結合し幅広い遺伝子産物の発現を変化させることによって実質的に全身のあらゆる組織の細胞に作用する。... さらに読む および 副腎疾患 副腎機能の概要 副腎は左右腎臓の頭側に位置し( 副腎の図を参照),以下の部分で構成される: 皮質 髄質 副腎皮質と副腎髄質は,それぞれ異なる内分泌機能を有する。 副腎皮質は以下のホルモンを産生する: さらに読む
電解質異常(例, 低カリウム血症 低カリウム血症 低カリウム血症とは,体内の総カリウム貯蔵量の不足またはカリウムの細胞内への異常な移動によって血清カリウム濃度が3.5mEq/L(3.5mmol/L)未満となった状態である。最も頻度の高い原因は腎臓または消化管からの過剰喪失である。臨床的特徴としては筋力低下や多尿などがあり,重度の低カリウム血症では心臓の興奮性亢進が生じることがある。診断は血清学的検査による。治療はカリウム投与および原因の管理である。... さらに読む , 高カルシウム血症 高カルシウム血症 高カルシウム血症とは,血清総カルシウム濃度が10.4mg/dL(2.60mmol/L)を上回るか,または血清イオン化カルシウム濃度が5.2mg/dL(1.30mmol/L)を上回った状態である。主な原因には副甲状腺機能亢進症,ビタミンD中毒,がんなどがある。臨床的特徴としては多尿,便秘,筋力低下,錯乱,昏睡などがある。診断は,イオン化カルシウムおよび副甲状腺ホルモンの血清中濃度測定による。カルシウムの排泄を増強し骨のカルシウム吸収を抑制... さらに読む , 低リン血症 低リン血症 低リン血症とは,血清リン濃度が2.5mg/dL(0.81mmol/L)未満となった状態である。原因にはアルコール使用障害,熱傷,飢餓,および利尿薬の使用がある。臨床的特徴としては,筋力低下,呼吸不全,心不全などがあり,痙攣や昏睡が起こる可能性もある。診断は血清リン濃度による。治療はリンの補給である。 ( リン濃度の異常の概要も参照のこと。) 低リン血症は入院患者の2%に生じるが,特定の集団では有病率が高くなる(例,入院中のアルコール使用... さらに読む )
様々な感染症(例, 梅毒 梅毒 梅毒は,スピロヘータの一種である梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)によって引き起こされる疾患で,臨床的に3つの病期に区別され,それらの間には無症状の潜伏期がみられることを特徴とする。一般的な臨床像としては,陰部潰瘍,皮膚病変,髄膜炎,大動脈疾患,神経症候群などがある。診断は血清学的検査のほか,梅毒の病期に基づいて選択される補助的検査による。第1選択の薬剤はペニシリンである。... さらに読む , ライム病 ライム病 ライム病は,スピロヘータの一種であるBorrelia属細菌によって引き起こされるダニ媒介性感染症である。初期症状に遊走性紅斑があり,数週間から数カ月後には神経,心臓,または関節の異常が続発することがある。病初期では主に臨床所見から診断するが,疾患後期に発生する心臓合併症,神経系合併症,およびリウマチ性合併症の診断には血清学的検査が役立つ可能性がある。治療はドキシサイクリンやセフトリアキソンなどの抗菌薬による。... さらに読む , C型肝炎 C型肝炎,急性 C型肝炎は,しばしば血液感染するRNAウイルスによって引き起こされる。ときに食欲不振や倦怠感,黄疸などのウイルス性肝炎の典型症状を引き起こすが,無症状のこともある。まれに劇症肝炎や死に至る。約75%で慢性肝炎となり,肝硬変やまれに肝細胞癌に至ることもある。診断は血清学的検査による。治療は抗ウイルス薬による。利用可能なワクチンはない。 ( 肝炎の原因, 急性肝炎の概要,および C型慢性肝炎も参照のこと。)... さらに読む )
自己免疫性の運動神経障害
脳神経が侵されている場合,原因が治療可能である可能性は低い。上位および下位運動ニューロン徴候に加えて,顔面筋力低下がみられる場合には,筋萎縮性側索硬化症が強く示唆される。
検査
電気診断検査を施行し,神経筋伝達障害または脱髄を示す所見がないか確認すべきである。MNDではこうした所見はみられず,通常は疾患の後期に至るまで神経伝導速度は正常である。針筋電図検査は最も有用な検査であり,非患肢でさえ線維性収縮,陽性波,線維束性収縮,およびときには巨大運動単位電位がみられる。
脳MRIが必要である。脳神経性の筋力低下を示す臨床所見も筋電図所見もない場合は,脊髄を圧迫している可能性がある器質的病変を除外するために頸髄MRIが適応となる。
治療可能な原因がないか確認するために,臨床検査を行う。検査としては,血算,電解質,クレアチンキナーゼ,甲状腺機能検査などがある。
血清および尿タンパクを免疫固定電気泳動し,MNDにまれに伴う異常タンパク質がないか確認する。基礎に異常タンパク血症が見つかれば,MNDが腫瘍随伴性であることが示唆され,異常タンパク血症の治療によりMNDが改善する可能性がある。
抗ミエリン関連糖タンパク質(MAG)抗体は,ALSに類似することのある脱髄性運動神経障害に伴って認められる。
重金属曝露の可能性がある患者では,尿中に重金属が含まれていないか確認するために24時間蓄尿を行う。
臨床的に疑われる他の疾患を除外するために 腰椎穿刺 腰椎穿刺 腰椎穿刺は以下を目的として行われる: 頭蓋内圧と髄液組成を評価する( 様々な疾患における髄液異常の表を参照)。 治療として頭蓋内圧を低下させる(例, 特発性頭蓋内圧亢進症) 髄腔内に薬剤または 脊髄造影用の造影剤を投与する 相対的禁忌として以下のものがある: さらに読む を施行してもよいが,白血球またはタンパク質の値が高ければ,別の疾患である可能性が高い。
危険因子または病歴から示唆される場合に限り,VDRL(Venereal Disease Research Laboratory)試験,赤血球沈降速度,および特定の抗体(リウマトイド因子,ライム病抗体価,HIV,C型肝炎ウイルス,抗核抗体[ANA],[抗Hu腫瘍随伴症候群に対して]抗Hu抗体)の測定を行う。
患者が遺伝カウンセリングに関心をもっている場合を除き,遺伝学的検査(例,スーパーオキシドジスムターゼ遺伝子の変異または脊髄性筋萎縮症を引き起こす遺伝学的異常)と酵素測定(例,テイ-サックス病に対してヘキソサミニダーゼA)は施行すべきではない;これらの検査で検出される疾患に対する特異的な治療法はない。
治療
支持療法
リルゾール
エダラボン
筋萎縮性側索硬化症患者に対するケアの中心は,症状を管理するための適時の介入である。
集学的チームによるアプローチは,患者が進行性の神経障害に対処する助けとなる。
ALS患者に実質的な臨床上の便益をもたらす薬剤はない。ただし,リルゾールは限定的ながら生存期間の延長(2~3カ月)をもたらす可能性があり,エダラボンは機能低下をある程度遅らせる可能性がある。
以下の薬剤は症状軽減に役立つ可能性がある:
痙縮に対して,バクロフェン
痙攣に対して,キニーネまたはフェニトイン
唾液産生を抑えるため,強力な抗コリン薬(例,グリコピロニウム,アミトリプチリン,ベンツトロピン,トリヘキシフェニジル,経皮的ヒヨスチン,アトロピン)
情動調節障害(pseudobulbar affect)に対して,アミトリプチリン,フルボキサミン,またはデキストロメトルファンとキニジンの組合せ
進行性球麻痺の患者では,嚥下を改善させるための手術で限定的な効果が得られている。
要点
感覚障害を伴わない,上位および/または下位運動ニューロン由来のびまん性の筋力低下がみられる患者では,運動ニューロン疾患を考慮する。
上位および下位運動ニューロン徴候に加えて顔面筋の筋力低下がみられる患者では,ALSを疑う。
その他の疾患を除外するため,脳MRIおよび電気診断検査ならびに臨床検査を行う。
治療の中心は支持療法である(例,生活機能の障害に対する対処を援助するための集学的支援;痙縮,痙攣,情動調節障害などの症状に対して薬物治療)。
ALS患者では,リルゾールは限定的ながら延命効果をもたらす可能性があり,エダラボンは機能低下を遅らせる可能性がある。