マルファン症候群の遺伝形式は 常染色体優性 常染色体優性 単一の遺伝子によって規定される遺伝性疾患(メンデル遺伝病)は,最も解析が容易で,最も詳細に解明されている。形質の発現に1コピーの遺伝子(1つのアレル)のみを必要とする場合,その形質は優性とみなされる。形質の発現に2コピーの遺伝子(2つのアレル)を必要とする場合,その形質は劣性とみなされる。例外の1つはX連鎖疾患である。男性では通常,X染色体のほとんどのアレルに対して影響を相殺する対のアレルが存在しないため,X染色体のアレルは形質が劣性で... さらに読む である。基礎的な分子生物学的異常は,ミクロフィブリルの主要成分であり細胞の細胞外基質への固定を助ける糖タンパク質フィブリリン-1(FBN1)をコードする遺伝子の変異に起因する。主要な構造的欠陥は,心血管系,筋骨格系,および眼系を侵す。呼吸器系および中枢神経系も影響を受ける。マルファン症候群を引き起こす遺伝子変異には多様な臨床像があるが,典型的には長い四肢,大動脈基部拡張,および水晶体偏位という一連の所見によって認識される。
症状と徴候
心血管系
主要所見としては以下のものがある:
弁逸脱
重度の合併症の大半は,大動脈基部および上行大動脈の病的変化に起因する。大動脈中膜が,最も強い血行力学的ストレスがかかる部位で選択的に侵される。大動脈の進行性拡張,または冠静脈洞から始まる急性解離を来すが,これはときに10歳未満で発症する。大動脈基部が小児の50%および成人の60~80%で拡張し, 大動脈弁逆流 大動脈弁逆流症 大動脈弁逆流症(AR)は,大動脈弁の閉鎖不全により,拡張期に大動脈から左室に向かって逆流が生じる病態である。原因としては,弁変性および大動脈基部拡張(二尖弁の合併を含む),リウマチ熱,心内膜炎,粘液腫様変性,大動脈基部解離,結合組織疾患(例,マルファン症候群),リウマチ性疾患などがある。症状としては,労作時呼吸困難,起座呼吸,発作性夜間呼吸困難,動悸,胸痛などがある。徴候としては,脈圧増大や拡張早期雑音などがある。診断は身体診察および心... さらに読む を引き起こす可能性があり,その場合は拡張期雑音が大動脈弁の部位で聴取されることがある。
余剰な弁尖および腱索が僧帽弁逸脱または逆流につながることがある; 僧帽弁逸脱 僧帽弁逸脱症(MVP) 僧帽弁逸脱症(MVP)は,僧帽弁尖が収縮期に左房側へ落ち込むようになる状態である。最も一般的な原因は特発性の粘液腫様変性である。MVPは通常良性であるが,合併症として僧帽弁逆流症,心内膜炎,腱索断裂などがある。通常,MVPは有意な逆流がみられない場合は無症候性であるが,一部の患者では胸痛,呼吸困難,めまい,動悸の発生が報告されている。徴候としては歯切れのよい収縮中期クリックがあり,逆流がある場合は収縮後期雑音がこれに続く。診断は身体診察... さらに読む は収縮期クリックおよび収縮後期雑音,または重症例では全収縮期雑音を起こすことがある。罹患した弁に細菌性心内膜炎が発生することがある。
筋骨格系
重症度は非常に多様である。患児の身長は,年齢の割に,また家族に比べて高く,また両手を横に広げたときの幅が身長を超える。くも指(不釣り合いに長く細い手指)が,しばしばthumb sign(握った拳の縁を超えて母指の末節骨が突出する)によって,容易に目につく。胸骨の変形(鳩胸[外方偏位]または漏斗胸[内方偏位])がよくみられ,同様に関節過伸展(ただし通常は肘関節の軽度屈曲拘縮),反張膝(膝部における下肢の後弯), 扁平足 扁平足 内反尖足はときに内反足とも呼ばれ,足関節の底屈,踵部の内反(下肢中央線が基準),および下腿の内転(下肢の垂直軸から内方への偏位)を特徴とする。 ( 頭蓋顔面部および筋骨格系の先天異常に関する序論も参照のこと。) 内反尖足は距骨の異常の結果として起こる。出生1000人当たり約2例の頻度で発生し,患児の50%弱が両側性であり,また単独発生のこともあれば,症候群の部分症として発生することもある。このような小児では,... さらに読む (平らな足),後側弯,ならびに 横隔膜 横隔膜ヘルニア 横隔膜ヘルニアとは,横隔膜の欠損部を介して腹腔内容が胸腔内に脱出した状態のことである。肺の圧迫により遷延性肺高血圧症を来すことがある。診断は胸部X線による。治療は外科的修復である。 ( 消化器系の先天異常の概要も参照のこと。) 通常,横隔膜ヘルニアは全症例の95%が横隔膜の後外側部で発生し(ボホダレック孔ヘルニア),85%が左側に生じ,2%は両側に生じる。推定発生率は出生10000人当たり1~4例である。前方ヘルニア(モルガニー孔ヘルニ... さらに読む ヘルニアおよび 鼠径ヘルニア 新生児における鼠径ヘルニア 鼠径ヘルニアは,男子新生児で発生することが最も多く,早産児では特に多い(発生率は約10%)。ほとんどが右側に発生し,鼠径ヘルニアの10%は両側性である。鼠径ヘルニアは嵌頓の危険性があるため,診断後は速やかに修復を行うべきである。早産児では,典型的には体重が2kgに達するまで修復手術を行わない。対照的に, 臍ヘルニアの嵌頓はまれで,数年後に自然閉鎖するため,通常は外科的修復は必要にならない。... さらに読む もよくみられる。通常は皮下脂肪が薄い。しばしば高口蓋がみられる。
眼系
所見には,水晶体偏位(水晶体の亜脱臼または上方向への偏位)および虹彩振盪(虹彩の振動)などがある。偏位した水晶体の辺縁が,散大していない瞳孔越しに観察されることが多い。高度の近視がみられることがあり,特発性の網膜剥離が起こることもある。
呼吸器系
嚢胞性肺疾患および再発性自然気胸が起こることがある。これらの疾患が疼痛および息切れを引き起こすことがある。
中枢神経系
硬膜拡張(脊髄周囲の硬膜嚢の拡張)がよくみられる所見であり,腰仙椎部で最も頻繁に起こる。このため頭痛,腰痛,または便失禁もしくは尿失禁として現れる神経脱落症状を起こす。
診断
臨床基準
遺伝子検査
心エコー検査/MRI(大動脈基部の計測,弁逸脱の検出)
細隙灯顕微鏡検査(水晶体の異常)
骨格系のX線(特徴的異常がないか,手,脊柱,骨盤,胸部,足,および頭蓋骨を検査)
腰仙椎のMRI(硬膜拡張)
患児の多くでは典型的な症状と徴候がわずかな数しかみられず,特異的な組織学的または生化学的変化がみられないため,マルファン症候群の診断が困難なことがある。この多様性を考慮して,診断基準は一連の臨床所見ならびに家族歴および遺伝歴に基づく。(診断に関するさらなる情報については,revised Ghent nosologyを参照のこと。)それにもかかわらず,マルファン症候群の不完全症例の多くで,診断は不確かである。
ホモシスチン尿症 古典的ホモシスチン尿症 メチオニン代謝経路におけるいくつかの障害は,ホモシステイン(およびその二量体であるホモシスチン)の蓄積を引き起こし,その有害作用として,血栓傾向,水晶体脱臼,中枢神経系異常および骨格異常などがみられる。 他の アミノ酸・有機酸代謝異常症と同様,メチオニンおよび硫黄についても数多くの代謝異常症が存在する( 表を参照)。 遺伝性代謝疾患が疑われる患者へのアプローチおよび 遺伝性代謝疾患が疑われる場合の検査も参照のこと。... さらに読む は部分的にマルファン症候群と類似するが,尿中のホモシスチンを検出することによって鑑別できる。FBN1変異に対する遺伝子検査は,臨床基準を全ては満たさない患者の診断を確定するために役立つことがあるが,FBN1変異陰性例が存在する。FBN1遺伝子の解析による出生前診断は,遺伝子型/表現型の相関が弱いために困難である(異なる変異が1700以上報告されている)。
骨格系,心血管系,および眼系の標準的な画像検査を行い(例,大動脈基部の拡張を同定する心エコー検査),臨床的に重要な構造的異常の検出および診断基準に寄与する情報を得る。
臓器別の診断基準に加えて,家族歴(マルファン症候群を有する第1度近親者の存在)および遺伝歴(マルファン症候群の責任遺伝子であるFBN1変異の存在)が主要な基準と考えられている。
予後
治療の進歩および定期的なモニタリングによって,生活の質が改善され死亡率が低下している。余命の中央値は,1972年の48年から,適切な治療を受ける人では正常近くまで増加した。しかし,主に心臓および血管系の合併症のために,平均的な患者の期待余命はなおも短い。この期待余命の短さが,青年およびその家族に精神的苦痛を与えることがある。
治療
身長の高い女児において早発思春期の誘発
β遮断薬
待機的大動脈修復術および弁修復術
側弯に対して装具および手術
マルファン症候群の治療は,合併症の予防および治療に焦点を合わせる。
非常に背の高い女児に対し,10歳までにエストロゲンとプロゲステロンにより早発思春期を誘発することで,成人で見込まれる身長が低下することがある。
全ての患者に,心血管系の合併症予防に役立つβ遮断薬(例,アテノロール,プロプラノロール)をルーチンに投与すべきである。これらの薬剤は心筋収縮性の低下と脈圧の減少をもたらし,大動脈基部拡張の進行を抑え,解離のリスクを低減する。アンジオテンシンII受容体拮抗薬が投与されることもある。
大動脈の直径が5cmを超える場合(小児ではこれより細い),予防的手術を勧める。妊婦は大動脈の合併症のリスクが特に高く,受胎前の待機的大動脈修復について話し合うべきである。重度の弁逆流もまた外科的に修復する。侵襲的な手技に先立つ 細菌性心内膜炎 予防 感染性心内膜炎は,心内膜の感染症であり,通常は細菌(一般的にはレンサ球菌またはブドウ球菌)または真菌による。発熱,心雑音,点状出血,貧血,塞栓現象,および心内膜の疣贅を引き起こすことがある。疣贅の発生は,弁の閉鎖不全または閉塞,心筋膿瘍,感染性動脈瘤につながる可能性がある。診断には血液中の微生物の証明と通常は心エコー検査が必要である。治療... さらに読む の予防は,人工弁患者または感染性心内膜炎既往患者を除いて適応とならない( Professional.see table 米国の高リスク患者において抗菌薬による心内膜炎予防を必要とする処置 米国の高リスク患者において抗菌薬による心内膜炎予防を必要とする処置 および Professional.see table 口腔外科・歯科処置または気道に対する処置の施行時に推奨される心内膜炎予防* 口腔外科・歯科処置または気道に対する処置の施行時に推奨される心内膜炎予防* )。
側弯 治療 特発性側弯症は,脊柱の側方への弯曲である。診断は臨床的に行い,脊椎X線を含める。治療法は弯曲の重症度によって異なる。 特発性側弯症は脊柱側弯症で最もよくみられる病型であり,10~16歳の小児の2~4%にみられる。男児と女児が同様に侵されるが,女児では進行して治療を要する可能性が10倍高い。 遺伝的素因が本疾患発症リスクとして約3分の1で関与する。一部の症例で さらに読む は可能な限り装具で管理するが,40~50°に曲がった側弯がみられる患者には外科的介入を奨励する。
心血管系,骨格,および眼の所見について(心エコー検査を含め)毎年再評価を行うべきである。適切な遺伝カウンセリングが適応となる。
要点
マルファン症候群は,ミクロフィブリルの主要成分である糖タンパク質フィブリリン-1をコードする遺伝子の常染色体優性の変異に起因し,結果として多数の変形および障害を来す可能性がある。
発現型は非常に多様であるが,主要な構造的欠陥は心血管系,筋骨格系,および眼系を侵し,典型的な一連の長い四肢,大動脈基部拡張,および水晶体偏位を引き起こす。
大動脈解離が最も危険な合併症である。
臨床基準を用いて診断する;遺伝子検査を行うことが多い。
骨格系,心血管系,および眼系の画像検査を行い,構造的異常を検出する。
全ての患者に大動脈合併症の予防に役立つβ遮断薬を投与する;他の合併症が発生すればこれを治療する。
より詳細な情報
以下の英語の資料が有用であろう。ただし,本マニュアルはこの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。
2010 Revised Ghent Nosology for Marfan syndrome: Diagnostic criteria for Marfan syndrome, including a diagnostic calculator