術前評価

執筆者:Paul K. Mohabir, MD, Stanford University School of Medicine;
André V Coombs, MBBS, Texas Tech University Health Sciences Center
レビュー/改訂 2020年 11月
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入院手術であれ外来手術であれ,待機手術の前には,外科チームは正規の術前評価を得るために内科専門医にコンサルテーションを求め,内科専門医は是正可能な異常を同定したり,追加のモニタリングおよび治療の必要性を判定したりすることで,リスクを最小化する。徹底的な術前評価を行う上での目標は,手術のリスクと術後合併症を最小限に抑えるために個別化した手術計画を患者に提供することである。症例によっては,可能であれば,特定の基礎疾患(例,高血圧,糖尿病,血液学的異常)の至適な管理が可能になるまで,待機手術を延期すべきである。また,大手術を受けるにはリスクが高いと考えられる患者が,より侵襲性の低い介入が適切と術前に同定されることがある。

徹底的な術前評価には,手術リスクの評価のために外科以外の専門医(例,内科医,心臓専門医,呼吸器科医)の意見が必要になる場合がある。そのようなコンサルテーションは,基礎疾患(例,糖尿病)を管理し,術前および術後合併症(例,心臓,肺,感染症)を予防および治療する上でも役立つことがある。患者の適応力を評価するため,また回復の妨げとなりうる潜在的な精神医学的問題に対処するために,精神科へのコンサルテーションが必要になる場合もある。

高齢患者に対しては集学的高齢者医療チームの介入が有益であり,このチームにはソーシャルワーカー,各種療法士,倫理専門家,および他の医療従事者を含める必要がある。

全ての外科処置が待機的であるわけではないため,提案する手術の急性度および種類,ならびに手術による患者のリスクを考慮すべきである。例えば,緊急処置が必要な場合(例,腹腔内出血,内臓破裂,壊死性筋膜炎)には,通常は完全な術前評価を行う時間がない。それでも,できる限り迅速に患者の病歴を見直すべきであり,特にアレルギーがないか確認し,緊急手術のリスクを高める因子(例,凝固異常または麻酔による有害反応の既往)の同定を試みるべきである。

病歴

関連する術前の病歴には,以下の全てについての情報を含める:

  • 活動性の心肺疾患(例,咳嗽,胸痛,労作時呼吸困難,足関節部の腫脹)または感染(例,発熱,排尿困難)を示唆する現在の症状

  • 過度の出血の危険因子(例,既知の出血性疾患,歯科処置,待機手術,または出産で過剰に出血した病歴)

  • 血栓塞栓症( see page 深部静脈血栓症(DVT))の危険因子

  • 感染症の危険因子

  • 心疾患の危険因子

  • 合併症のリスクを高める既知の疾患,特に高血圧,心疾患,腎疾患,肝疾患,糖尿病,喘息,およびCOPD(慢性閉塞性肺疾患)

  • 過去の手術,麻酔,またはその両方,特にそれらの合併症

  • アレルギー

  • 喫煙,飲酒,違法薬物の使用

  • 現在の処方薬,非処方薬およびサプリメントの使用

  • 閉塞性睡眠時無呼吸症候群その他の過剰ないびきの病歴

膀胱カテーテル留置が必要であれば,以前の尿閉または前立腺手術について患者に確認しておくべきである。

身体診察

身体診察では外科手技を施す部位の診察だけではなく,心肺系および進行中の感染を示す徴候(例,上気道,皮膚)の探索も行うべきである。

脊髄くも膜下麻酔を用いる可能性が高い場合は,腰椎穿刺が困難な脊柱側弯症や他の解剖学的異常について患者を評価しておくべきである。

特に高齢患者が全身麻酔を受ける際,いかなる認知機能障害も留意されるべきである。既存の障害が術後に顕在化してくることがあり,またそれが前もって発見されていなかった場合は,手術合併症と誤って解釈されることがある。

検査

待期手術を受ける健康な患者では,健康でなければ周術期管理に影響を及ぼしうる無症候性疾患の有病率が低いため,臨床症状や重大な基礎疾患がない患者にルーチンの術前検査を行うべきではない。このような検査は費用対効果が低く,偽陽性が出る,患者をいたずらに警戒させる,手術の実施が遅れるといった結果につながる。したがって,術前検査は患者によって個別化し,臨床像に基づいて行うべきであるが,妊娠可能年齢の女性では全例で術前にβ-hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)による妊娠検査を行うべきである(1, 2, 3)。

症状のある患者,既知の基礎疾患がある患者,または有意な出血や他の合併症のリスクが高い手術を受ける患者では,以下の臨床検査を行う:

  • 血算および尿検査(グルコース,尿タンパク,および細胞)は通常行われる。血算は,65歳以上の患者または有意な失血が予想される若年患者で特に重要である。

  • 極めて健康かつ50歳未満で,手技に伴うリスクが非常に低いと考えられ,腎毒性薬剤を使用する見込みのない患者を除き,血清電解質およびクレアチニン値と血漿血糖値を測定する。

  • 患者の病歴または診察に基づいて異常が疑われる場合には,しばしば肝機能検査が行われる。

  • 凝固検査および出血時間は,出血性素因または出血に関連する疾患の既往または家族歴がある患者にのみ必要である。

  • 冠動脈疾患(CAD)のリスクがある患者(全ての45歳以上の男性および50歳以上の女性を含む)と,動脈硬化性心血管疾患の危険因子(例,糖尿病,喫煙,高血圧,または高脂血症)が1つ以上あるか運動耐容能が低い重度の肥満患者(BMI ≥ 40kg/m2)では,心電図検査を行う(4)。

  • 胸部X線は,基礎にある心肺疾患の症状または危険因子がある患者にのみ行う。

  • 既知の慢性肺疾患または肺疾患の症状や徴候がある場合,肺機能検査が行われることがある。

症候性CADがある患者は,術前に追加検査(例,運動負荷試験冠動脈造影)が必要である。

検査に関する参考文献

  1. 1.Fleisher LA, Fleischmann KE, Auerbach AD, et al: ACC/AHA 2014 guideline on perioperative cardiovascular evaluation and management of patients undergoing noncardiac surgery (executive summary); a report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines.Circulation 130:2215-2245, 2014.doi: 10.1161/CIR.0000000000000105

  2. 2.O'Neill F, Carter E, Pink N, et al: Routine preoperative tests for elective surgery: summary of updated NICE guidance. BMJ 354:i3292, 2016.doi:10.1136/bmj.i3292

  3. 3.Feely MA, Collins CS, Daniels PR, et al: Preoperative testing before noncardiac surgery: guidelines and recommendations. Am Fam Physician 87(6):414-418, 2013.

  4. 4.Poirier P, Alpert MA, Fleisher LA, et al: Cardiovascular evaluation and management of severely obese patients undergoing surgery: a science advisory from the American Heart Association. Circulation 120(1):86-95, 2009.doi:10.1161/CIRCULATIONAHA.109.192575

処置の危険因子

手技的リスクは,以下のもので最も高くなる:

  • 心臓または肺の手術

  • 肝切除

  • 長時間に及ぶことが予想されるまたは大量の出血リスクがある腹腔内手術(例,Whipple手術,大動脈の手術,後腹膜手術)

  • 開腹による前立腺摘除術

  • 主要な整形外科手技(例,人工股関節置換術)

重大な出血のリスクのある待機手術を受ける患者には,万が一に備えて自己血輸血用に血液を保存することを考慮すべきである。自己血輸血は感染および輸血反応のリスクを低減する。

緊急手術は,同じ手術が待機的に行われる場合に比べて合併症および死亡のリスクが高い。

患者の危険因子

周術期の合併症発生率および死亡率に対する患者の危険因子の寄与については,妥当性が確認された定量的リスク計算ツールを用いて推定するのが最善である。例えば,American College of SurgeonsのNational Surgical Quality Improvement Program(ACS NSQIP)によって,周術期有害事象を予想するリスク計算ツールが開発されている(ACS NSQIP Surgical Risk Calculatorを参照)。これらのツールを使用することで,外科医の手術成績データの解釈が均一化されるだけでなく,患者と家族にとっても共同意思決定およびイインフォームド・コンセントが改善されるという利点がある(1)。

高齢は,生理的予備能の低下および合併症発生時の重症化と関連する。しかしながら,慢性疾患は年齢のみよりも術後合併症発生率および死亡率の増加に,より密接に関連している。高齢は手術の絶対的禁忌ではない。

心合併症の危険因子

心合併症の危険因子は劇的に手術リスクを増大させる。術前に存在する心合併症の危険因子は,一般にAmerican College of Cardiology/American Heart AssociationのRevised Cardiac Risk Index( see figure 非心臓手術におけるリスク層別化のアルゴリズム)を用いて評価される。この評価尺度では,心合併症のリスクに関する以下の独立の予測因子が考慮される:

  • 冠動脈疾患(CAD)の既往

  • 心不全の病歴

  • 脳血管疾患の病歴

  • インスリン治療を必要とする糖尿病

  • 血清クレアチニン値(2.0mg/dL)

心合併症のリスクは,以下のように危険因子の数が増える毎に上昇する:

  • 危険因子なし:0.4%(95%信頼区間0.1~0.8%)

  • 危険因子1つ:1.0%(95%信頼区間0.5~1.4%)

  • 危険因子2つ:2.4%(95%信頼区間1.3~3.5%)

  • 危険因子3つ以上:5.4%(95%信頼区間2.8~7.9%)

高リスクの外科処置(例,血管手術,開胸手術または開腹手術)もまた,周術期に高リスクで心合併症が起こることの独立予測因子である。

活動性の心臓の症状(例,心不全または不安定狭心症の症状)がある患者は,特に周術期のリスクが高い。不安定狭心症の患者は,周術期に心筋梗塞を起こすリスクが28%ある。安定狭心症の患者におけるリスクは,運動耐容能に比例する。そのため,活動性の心臓の症状がある患者には徹底的な評価が必要である。例えば,周術期の心臓のモニタリングおよび治療を最適化するため,心不全の原因は待機手術の前に同定しておくべきである。術前評価で可逆的な心虚血の所見がある場合,その他の心臓の検査を考慮すべきであり,例えば負荷心エコー検査や,血管造影を行うことさえある。

術前処置では,標準的な治療法で活動性疾患(例,心不全,糖尿病)のコントロールを目指すべきである。また,頻脈は心不全を悪化させ心筋梗塞のリスクを高めるため,術前の頻脈を最小限に抑える対策をとるべきである;例えば,疼痛コントロールを最適化してβ遮断薬による治療を考慮すべきであり,患者がすでにβ遮断薬を服用している場合は特にこの方法が好まれる。不安定狭心症患者には,冠動脈の血行再建を検討すべきである。心疾患が術前に是正できない場合,または心合併症のリスクが高い場合は,肺動脈カテーテルによる術中モニタリングおよびときに術前モニタリングが推奨される。ときに,心合併症のリスクが手術による便益より大きいことがある。そのような症例では,より侵襲性の低い手技により根治的治療へのブリッジが確保できたり,あるいはそれ自体がブリッジとなったりすることで(例,胆嚢炎に対する胆嚢瘻造設術),合併症発生率および死亡率も低減できる可能性がある。

非心臓手術におけるリスク層別化のアルゴリズム

*活動性の臨床病態としては,不安定冠症候群,非代償性心不全,著明な不整脈,重度の弁膜症などがある。

ACC/AHAを参照

臨床的な危険因子としては,冠動脈疾患,心不全の病歴,脳血管疾患の病歴,糖尿病,術前のクレアチニン値 > 2.0mg/dLなどがある。

ACC = American College of Cardiology;AHA = American Heart Association;HR = 心拍数;MET = metabolic equivalent of task。

Adapted from Fleisher LA, Beckman JA, Brown KA, et al: ACC/AHA 2007 guidelines on perioperative cardiovascular evaluation and care for noncardiac surgery; a report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines.Circulation 116: e418–e500, 2007.

感染症

偶発的な細菌感染症が術前に見つかった場合,抗菌薬で治療すべきである。しかしながら,人工的な素材を埋め込むのでない限り,手術を延期すべきではない;人工的な素材を埋め込む手術を行う場合は,感染症がコントロールまたは排除されるまで手術を延期すべきである。

呼吸器感染症のある患者には治療を施し,吸入麻酔薬を投与する前に感染症が治癒していることを示す証拠が必要である。

ウイルス感染症(発熱の有無を問わない)は待機手術の前に治癒させるべきであり,全身麻酔を使用する場合は特に重要である。

水分および電解質の平衡異常

体液と電解質の平衡異常は,手術の前に是正しておくべきである。致死的となる可能性がある不整脈のリスクを低減するため,低カリウム血症,高カリウム血症,低カルシウム血症,および低マグネシウム血症は全身麻酔の前までに是正しなければならない。脱水および循環血液量減少は,導入時の重度の低血圧を予防するため(全身麻酔の導入時には血圧が低下する傾向がある),全身麻酔の前に輸液により治療しておくべきである。

栄養障害

低栄養および肥満は成人における術後合併症のリスクを高める。術前には病歴,身体診察,および臨床検査によって栄養状態が評価される。

栄養状態に関係する重度の危険因子としては以下のものがある:

  • BMI < 18.5kg/m2または6カ月で10%超もしくは1カ月で5%超の意図しない体重減少の既往

  • 特定の身体所見(例,筋萎縮,特定の栄養欠乏の徴候)

  • 血清アルブミン低値(< 3g/dLで腎機能障害または肝機能障害の所見がない)

体重減少が意図的なものであったかどうかを尋ねることが重要であるが,これは,意図しない体重減少は患者の異化状態が栄養補給に反応しないことを反映している可能性があり,がんなどの重篤な基礎疾患の存在が示唆されるためである。

血清アルブミンは,低栄養の指標として広く利用でき,信頼性も高い安価な検査である;低栄養の可能性がある患者では術前に測定すべきである。血清アルブミン値2.8g/dL未満は,高い合併症発生率(創傷治癒不良を含む)および死亡率を予測する。血清アルブミンの半減期は18~20日であるため,急性の低栄養は反映しない可能性がある。より急性の低栄養が疑われる場合,より半減期の短いタンパク質を測定するとよい;例えばトランスフェリン(半減期7日)またはトランスサイレチン(プレアルブミン;半減期3~5日)が有用である。体重減少の病歴があり,タンパク質濃度から重度の低栄養が示唆される患者では,術前および周術期に栄養士の助言を得て,特定の栄養や電解質の欠乏を予防および治療するための栄養サポートを行うことにより,予後が改善する可能性が高い(2)。ときに,患者が栄養サポートを受けられるよう,手術が延期されることがあり,場合によっては数週間の延期もありうる(例,慢性低栄養の患者,refeeding syndromeを予防するため)。

重度の肥満(BMI > 40kg/m2)は心疾患および肺疾患(例,高血圧,肺高血圧,左室肥大,心不全,冠動脈疾患)のリスク,ひいては周術期の死亡リスクを高める。肥満は深部静脈血栓症および肺塞栓の独立危険因子である;ほとんどの肥満患者に肺塞栓を予防する術前処置の適応がある。肥満は,術後の創傷合併症(例,脂肪壊死,感染症,離開,腹壁ヘルニア)のリスクも高める。

医学計算ツール(学習用)

患者の危険因子に関する参考文献

  1. 1.Bilimoria KY, Liu Y, Paruch JL, et al: Development and evaluation of the universal ACS NSQIP surgical risk calculator: A decision aid and informed consent tool for patients and surgeons. J Am Coll Surg 217(5):833-42.e423, 2013.doi:10.1016/j.jamcollsurg.2013.07.385

  2. 2.Weimann A, Braga M, Harsanyi L, et al: ESPEN guidelines on enteral nutrition: Surgery including organ transplantation.Clin Nutr 25:224–244, 2006.doi: 10.1016/j.clnu.2006.01.015

より詳細な情報

以下の英語の資料が有用であろう。ただし,本マニュアルはこの資料の内容について責任を負わないことに留意されたい。

  1. 2014 ACC/AHA Guideline on Perioperative Cardiovascular Evaluation and Management of Patients Undergoing Noncardiac Surgery: A report of the American College of Cardiology/American Heart Association Task Force on Practice Guidelines

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